深い森、深い山。
荒くれる、神の世界―――。



1. 呪い



神虎に乗り、星刻は森の中を駆けた。 頭上高くで結い上げた髪が風に乗せて舞い、獣の尾のように森を駆け抜ける。 深い緑を熟した森を抜けた星刻はゆるく握っていた手綱を放し、軽やかに神虎から石垣の上に降り立った。 神虎と平行するように石垣の上を走る。
「神虎!」
道から石垣までを繋ぐ、丸太や木の板で出来た坂を駆け上がってきた神虎の角を、 弓矢をを持ちながら握り締め、勢いに乗るように背に乗った。 深い緑の草原を囲む石垣の間に作られた、神虎がやっと通れるくらいの道を駆ける。
すると、正面から三人ほどの少女が駆けてきた。中にこの村の姫である天子―――麗華を見つけ、 星刻は手綱を引いて神虎を止めた。
「星刻!」
「天子様・・・。丁度良かった。神楽耶様が、皆村に戻れと」
「洪古もそういうの」
駆け寄り見上げてきた少女達に、矢継ぎ早に事を告げると、うなずいた天子が言葉を返す。 告げられた名前に星刻が軽く目を見張った。
「洪古が?」
「山がおかしいって」
「鳥たちがいないのです!」
「獣達も!」
「そうか・・・」
天子に続き、心配そうに喋る少女達の言葉に頷き、星刻は神虎の手綱を握った。少し引いて神虎で駆ける準備をする。
「洪古の所へ行ってみよう。・・・天子様、皆と一緒に村へお戻りください」
「はい!」
少女達が村の方へ向かって走っていくのを見届けると、星刻はそのまま村とは正反対の方向へ神虎を走らせた。 向かう先は高台のやぐらにいるはずの洪古だ。

しばらく神虎を走らせると、三つの大木を立てかけ合わせるようにして作られたやぐらに着いた。 根元に掛けてあるはしごへと神虎を向かわせ、そのまま勢いを止めずに身を翻し足を掛ける。
長い手足を駆使してはしごを上っていると、ふと森の方に妙な気配がして足をとめた。 目を細め、見極めるように森を見つめる。
(なんだ・・?)
するとざわざわした空気が獣である自身で感じ取れたのか、バッと神虎が顔を上げた。 きょろきょろと森の方向を見つめる。 石垣の向こうにそびえる木々の向こうからなにやら不穏な気配を感じて、星刻は眉を顰めた。
「・・・何か来る・・・」
これは一刻も早く洪古に会わねばと、再び螺旋階段のように続くはしごを先ほどよりも早く駆け上がると、 星刻はやぐらの天辺へとたどり着いた。手すりから身を乗り出すようにして洪古に問う。
「洪古・・・なんだろう」
「わかりませぬ・・・人ではない」
「村の方は、神楽耶さまが皆を呼び戻している」
ちらりと村の方へ視線をやり、無事を祈りながら徐々に村人達が集まっていくのを確認する。
「・・・来よった!」
「!」
洪古の声に反応すると、星刻は森の方を見据えながらすばやく背中から矢を抜いた。弓に掛け、狙いを定める。
すると、ふいに辺りが暗くなった。太陽が雲に隠れたのか、それとも別の何かか。 さっきよりもじっと息を潜めて待つと、ある一点の木が腐ったように崩れ始めた。 石垣の石一つ一つからなにやら黒い物がにじみ出ている。 黒くうじゃうじゃしたものが石垣から炎のようにうねるのが一旦とまり、 森に一瞬の静寂が訪れると―――祟神が石垣を破って飛び出してきた!
ずるり、ずるりと這いながら進んでいく祟神の通った道ならぬ道は全て腐り、 若々しい緑は全てにごった茶色をし、恐ろしいほどの腐敗臭を上げている。
「祟神だ!」
「祟神!?」
洪古が叫んだ祟神、という言葉を反芻すると、星刻は一体何なのか見定めようとその祟神をみた。 すると日陰から日向に出た瞬間、それに取り付いていたものが一気に空へと飛んだ。 天を目指すようにうねりあがったそれは、一定の高さまで落ち着くと、 それの中から現れた茶色の大きい猪へとぼとぼとと落ちた。 それを振り払うように身を奮っていたはずの猪はそれに飲み込まれ、形も見えないほどに黒く包まれてしまっていた。
ぐちゃぐちゃとそれが猪の身体を包みこみ、跳ねると、先ほどのように猪の赤くそまった両目が姿を現した。 さらに増した速度ではいずりまわると、祟神は星刻たちの居るやぐらへと走った!
「っ・・・神虎、逃げろ!!」
それの行き着く場所に神虎が居るのに気づくと、星刻は焦ったように神虎を呼んだ。 しかし、肝心の神虎はその獣の性ゆえか、毛を立て震え上がっており、身が竦んでしまって動かない。 もう祟神は目前だ。その状態に気づいた星刻が、祟神に狙いを定めていたはずの矢を神虎の居る場所へと放った。
カン!とやぐらの土台でもある大木に刺さると、その衝撃と音で我に返った神虎が驚いたように後ずさりをし、 そしてその軽やかな身のこなしでもって祟神のうねる追撃をよけ、走った。 やぐらに激突した祟神の所為で腐った土台が崩れ、 バランスが取れず地にたたりつけられそうになった洪古を抱えた星刻は、手すりに足をかけて力をこめ、飛び降りた。 そのまま森の中へと落ちる。
ガラガラと崖を落ちていくやぐら。 そしてその崖にある石にぶつかり、動きを止めた祟神がもぞもぞと動き、 動きを取り戻した頃にはそのやぐらを追うように崖を降りていった。しかし、その先には村人達が居る。
「村のほうへ行く・・・!襲う気だ!」
木の間からその姿を見た星刻は木の枝の上に洪古を残し降りた。
「星刻殿ーーーっ!!祟神には手を出すな!呪いをもらいますぞ!!」
洪古の言葉は聞こえたが、足を止めずに星刻は先ほど祟神が激突した岩の上へと上った。 親指と人差し指を口にあて、音を鳴らして吹く。
「神虎!」
神虎がかけてくるのを見止めると、星刻は崩した弓を背からはずして岩の上で組んだ。 それが終わったと同時に駆け寄ってきた神虎の角を掴み、神虎が崖を飛ぶ瞬間にその背に跨った。 走るよりも跳ぶことを得意とする神虎に掛かれば、この位の崖ならば造作ない。 祟神が通った後の残る腐敗した道に平行するように神虎を走らせた星刻は、そのまま森の中へと突っ込んだ。 祟神が数本の木を隔てた隣で走っているのが見える。
先回りして明けた道に踊りでると、星刻は後ろを向いた。 気をなぎ倒すようにして祟神がおってくる。 神虎を村の邦楽へまっすぐと走らせたまま、星刻は自分の弓を祟神へ向けた。
「鎮まれ、鎮まりたまえ!山の主と言う方が、何故そのように荒ぶるのか!!」
必死に祟神へと叫ぶものの、聴こえていないのか祟神はほんの少しも速度を落とさない。 木々をよけながら必死に祟神へ呼びかける星刻は、悔しさに唇をかんだ。


一方その頃では、慌しく人が行き来する村へと天子を含む少女達が歩きながら草むらを渡っていた。 ゆっくりと歩いていたが、何か聴こえたのか。 少女達が森の方を振り向くと、丁度星刻が森から飛び出る。 続いて大きな音を立てて広場へと出でた祟神はふいにその動きを止め、星刻を追うこと無く方向を変えた。 天子たちの姿を見つけたのか、少女達の方へ走る。 その恐ろしい光景に息を呑んだ少女達は、しかし次の瞬間、 小さいながらもはっきりと「村へ!」と告げた天子の言葉に身を翻した。
「止まれ!何故我が村を襲う!」
祟神の方向転換に気づいた星刻は、弓を持った片手で制しながらすぐさま祟神の隣を走り、必死に叫んだ。
「止めろ!鎮まれ!」
少女達は最早道も関係なく、ただ必死に坂を下りた。 時折後ろを確認しながら、息が切れることも構わずに走ると、勢いの所為か少女の一人が自分の足に躓いて転ぶ。 その少女を一人が抱き起こすと、足を止めた天子が震えながらも腰の剣を抜き、祟神へ向けた。
「っ、天子様!」
それに気づいた瞬間、星刻が先ほどまで持っているだけだった弓に矢を添えた。 祟神へと放ったそれは、祟神の右目に見事に突き刺さった!
劈くような悲鳴を上げる祟神。 祟神を覆うそれは、撃たれた目を取り込むようにぐちゃぐちゃと覆い、それがかえって祟神の悲鳴を助長させた。 それ、を苦しそうにうねらせながらも、動きを止めた星刻は一旦少女達の下へかけた。
「天子様!」
「う、うん。行こう!!」
転んだ少女を両脇から抱えた天子たちはそのまま走り、星刻は身を翻した。 しかし、一瞬球体のようにそれをちぢ込ませたかと思うと、祟神のそれは一気に四方へと爆発した。 それぞれが糸のように分かれたそれは、一様に星刻の方へ襲い掛かった!
おってきたそれに、星刻は右腕をとられる。 歯を食いしばりながら、引っ張るようなそれから右腕を抜くと、 星刻は腕にに付着するそれを気にも留めずに弓へと手をかけた。 それから上半身を開放され、苦悩に叫ぶ猪へと、弓を引く。 カン!と音を立てた矢は、そのまま猪の脳天へと突き刺さった。 星刻がもう一度、と弓をひくが、彼をずっと追っていたそれは力尽きたのか、所々霧散しながら地に倒れた。
体に残る無数の残虐な穴からそれを噴出した猪を見た星刻は神虎を止めた。 しかし、次の瞬間には激痛にその丹精な顔を歪ませる。
「ぐ・・ぅ・・っ!?」
わなわなと震える右腕を見れば、まとわり着いていたそれが星刻の腕を腐らせるように焼いた。
「くっ・・・ぅ・・・っ!!」
体全体に力をこめ、それがぼとぼとと落ちていくさまを苦悶の表情で見ていた星刻だったが、 猪の方から音がするとすぐさま意識をそちらへ向けた。 見れば、すっかりそれを体から吐き出した猪がゆっくりと傾き、地に倒れた。 その衝撃で、それがわらわらと霧散する。
「倒したァ!!」
「星刻!」
火を上げ、槍を掲げた男達が叫ぶ。先頭に居た天子が星刻の名を呼びながら走り出した。
「神楽耶様を早く!」
「火を消すなー!」
ゆっくりと進む神虎から星刻が頼りなく崩れ落ちると、丁度間に合った天子がその身体を受け止めた。
「星刻、」
村人達が天子の後を追うように続く。星刻の腕の具合を見ようと手を伸ばした天子は、 星刻が食いしばった歯の合い間から絞るように発した言葉でそれを止めた。
「触れてはなりません、天子様・・・。ただの傷ではない」
「星刻が手傷を負ったぞ!!」
「神楽耶様は!?」
傍にあった土草を無事な手で毟ると、星刻はそれを自身の手に擦り付けた。 慌てて天子も土草を両手で集め、星刻の腕にかける。

「皆、それ以上近づいてはなりませんよ」
一人の男に抱えられながら、現れた神楽耶を見止めると、星刻を囲んでいた男達が皆いっせいにどいた。 傍に居た香凛が駆け寄る。
「神楽耶様!」
「香凛、この水をゆっくりとかけて差し上げてください」
「はい、」
きゅぽ、と抱えていたひょうたんのふたを取ると、神楽耶はそれを香凛に手渡した。 受け取った香凛が心配そうに見る天子の横で、赤く焼けどしたような星刻の腕にかける。
「つぅ・・・っ!?」
「星刻!」
シュウウ、と蒸気を上げながら冷えていく傷の痛みに、星刻が身をよじった。

まだ息があるのか、倒れたままながらも呼吸で身体を上下させる猪の前に立った神楽耶は、 ゆっくりと両の手をあわせて頭を下げ、猪を拝んだ。静かに言葉を紡ぐ。
「・・・何処よりいまし荒ぶる神とは存ぜぬも、かしこみ、かしこみあおす」
再び頭を下げる神楽耶。その後ろでは、数人の男達が横一列に膝を着き、頭を垂れている。
「この地に塚を築き、貴方の御魂を御祀りします。恨みを忘れ、鎮まり給え・・・」
再び頭を下げた神楽耶と同じように、男達がよりいっそう頭を垂れた。

「・・汚らわしい人間共め・・・我が苦しみと憎しみを知るが良い・・・」
猪が血の汚濁を吐きながらも、歯の間から絞りだしたおどろおどろしい声音でそれだけを言うと、 猪は息をするのをやめ、その身体は見る見るうちに腐っていった。
「うぅっ・・・」
目は沈み、肉は溶け、腐敗臭をあげながら血のこびりついた白骨だけへと化していく。 その匂いに鼻を覆った村人達は苦悶の声をあげながらも、猪から視線をそらすことはしない。
どろどろと、血の溜まりを広げながら息絶えた、何処かの山の神であった猪はその場で白骨と化し、 その呪われし一生を閉じた。



スタジオシャルルによる、シャルル・ジ・ブリタニア第一回監督作品(笑)、「もののけ姫」。 主演:黎星刻、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。笑

2009年1月14日