世界制覇を成し遂げ、そして一つに纏め上げ・・・ゆくゆくはすべての国を一つの国家としてしまう のだろう、と囁かれた大国、神聖ブリタニア帝国が、その絶大なまでの軍事力によって押し進め続けた 侵略戦争をやめて、ゆうに三世紀ほどが経つ。
 帝国第九十八代皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアが覇権を握り、およそ四十年。 20のエリアを作り上げた後、彼は侵略戦争の終焉を宣言。後継者に帝位を譲り、 彼はおよそ数年の隠居生活を経て永眠した。九十歳の事だった。
 第九十九代の皇帝となった彼の息子はしかし、父の残したエリアたちの惨状を嘆き、 エリアを解放するといった政策は積極的にはとらなかった。それというのも、 父が四十年かけて統治してきた二十ものエリアのほとんどは、 もうすっかり経済的にブリタニアによってコントロールされており、今更独自の国家に戻っても、 すぐに路頭に迷って破産し、滅亡する・・・そんな未来が簡単に予想できたのである。 それ故に、特に最初の十年そこらで制圧されたエリアは、自ら解放されることを拒否。 逆に独自国家であったときよりも成長している経済状況に、すっかり絆されている状態だった。
 そしてもちろん、そんな絶好のカモを逃すブリタニアでは、無い。

 ―――そんなこんなで、結局ブリタニアから脱却した国家はほんの二つや三つだけとなった。 その少数もまた、まだ制圧されたてでブリタニアに対する反抗心が強かったり、 独立してもまだまだ自力で立ち直せる国だけである。 そしてその他国家は、もう少しブリタニアからの圧政などの緩和や、 ゲットーの整備などを強かにも条件付けて、ブリタニアの手を取り続けることを選んだのだった。


 そしてここ、日本―――2010年8月10日にエリア11へと変貌を遂げたこの地も、 ブリタニアからの支配を受け入れた国の一つである。天皇家の直系の血筋も最早途絶え、 今は日本御三家と銘打っている旧宮家の皇、桐原、九条が残っているばかりである。
 一時はブリタニア属国最大の反抗国家として警視されていた国民達も、 生活が改善されるのであればとその態度を少しずつ世代ごとに軟化させていき、 三百年たった今となっては、ほとんどの国民が何の不満もなくエリア11内に住んでいる。
 当時は各地に点在していた主要都市にのみ作られていた疎開も各県に展開されている。 ゲットーも少しずつ解体・整備され、現在は住宅街や公園のように開けた平野となっている。
 当時はイレブンと蔑まれ、ゲットーでの無意味な労働を強いられた日本人も、 イレブンという名のまま疎開に在住し。名誉ブリタニア人になると本国や他のエリアとの行き来が自由 にでき、消費税が比較的安くなる、といった特典以外は、なんら変わった生活はしていない。 ブリタニアの名門、アッシュフォード大公爵家の経営する名門アッシュフォード学園をはじめとする、 ブリタニアにおいて非常に評価の高い教育機関も、エリア11に姉妹校を設立している。 
 だがしかし、そんなエリア11を纏め上げる政庁というのは、実は三世紀以上変わっておらず。 あるテロリストを倒そうと一人の騎士が放った当時の新型核兵器により大地ごとその姿かたちをも ぎ取られてからは、再建されたまま何世紀もその荘厳さを保っている。
 エリア11の首都・トウキョウ租界の中央に聳え立つ、 真っ白な外壁ときらびやかなエントランスを構える、巨城。 窓はなく、その姿はさながら城壁だ。だがその建物こそが、 このエリアのすべてをつかさどる最高機関だった。

 そんな中に、ブリタニア軍の特別派遣響導技術部―――通称特派、は存在する。
 一言でいうなれば、まさに変態集団。まだまともな精神を持っていると、 このような呼称に腹を立てるというものだが、本当の本当にその真髄まで言っている人間などは、 そうだよ変態だよ〜と自らアピールしてしまうほどの、軍に所属していながらどんな軍属よりも 脆弱で軟弱で、虚弱なオタク集団。だがしかしある意味では軍最強のスキルを誇る彼らは、 みな何かしらの、頭を使うエキスパートだった。化学オタク、物理オタク、生物オタク、機械オタク、 ロボット工学オタク、数学オタク、などなど・・・・僕たち肉弾戦無理です、なのが聞かなくてもありありと わかってしまうこの始末。けれどもそんな彼らが作っているのは、 まさに屈強なブリタニア軍人たちの生命線だ。
 2010年8月7日、対日本侵略戦争。その日を皮切りに実践投入された、 それまでは福祉方面などで着々とその実績を上げてきていた、 KMF―――人型自在装甲機、通称ナイトメアフレームの開発研究チームである。
 軍用KMFとして本格実用化がされた第四世代、グラスゴー。 それから十年の間にブリタニアは研究に研究を重ね、2017年初頭から2018年末尾にかけての二年間、 第五世代から第九世代まで一気にそのシステムを進化させた。
 そしてそれから三世紀が経った今、ブリタニアはなおも三百年前に大きな成果をあげた特派にKMF開発 の担当を任せている。三世紀の間に特派は人体が直接KMFを操作する事の無い、 脳に当てたチューブによって感知される脳波によってナイトメアを動かす事に成功した。 現在はさらにその人体脳波を特殊プログラムでキャッチし、離れたところにあるKMFに送り込み、 それを遠隔操作する研究を行っている。



「ロシアと日本とブリタニアの混血ぅ?」
ちまちまと小さいスプーンでプリンを一口分掬って、ロイドはくるりと椅子を回転させて振り向いた。 特派の主任であり、同時にブリタニア貴族としての伯爵位にありながら、 その姿はただのマッドサイエンティストだ。彼がブリタニア貴族であるのは表の顔であるので、 そう見えないのは当然といえば当然ではあるのだが、彼が表の世界での身分証明として貴族を名乗っている ということ自体がスザクには不思議に思えてならない。だがしかし、彼の人間としての出身自体は本当にブ リタニア貴族の血筋、だというのだから―――やはり驚きである。
 マッドサイエンティストと呼ばれることを何よりも嬉しがる彼の興味といえば、 もっぱら目の前に鎮座している純白のナイトメア、Z―01―――通称ランスロットだ。 船を女性の名で呼ぶように、ナイトメアも性別で分けて呼ぶのであれば、ランスロットは彼だろうか。 本能的に自堕落な性質をもつ吸血鬼が、なにか一つの趣味に傾倒して人生を謳歌しているというのも、 かなり珍しい話である。それも、ロイドがハズレ者と呼ばれるゆえんなのだろうが。 ―――そんなことはどうでもいいのだが、大切なのはロイドにとってこのランスロットの開発と研究と実験 と実用化以外に、興味のわくものがほとんど無いということだ。 それはつまり、たとえスザクが何か大切な相談事を持ち込もうとしても返事がすべておざなりだったりとする 訳で、もしかしたら真剣な表情ですべて話した後に、「え、ごめんなんだっけ?」と聞き返してくることも、 ありえない話ではないといことである。
そんな彼ではあったが、現在は研究員すべてを家に帰した、 時計の短針が三を半分ほどこしている時間である。ちなみに午前。とりあえず一区切りつい たシミュレーションを終えて、熱のこもったランスロットを冷却中である。スザクがいい結果をたたき出した おかげで彼の機嫌は絶好調であり、ついでにいうならスザクが賄賂にと買ってきたエリア1と称される 「風味堂えつこ」のまろやか焼きプリンをおいしく頂いているため、さらに好調である。 少し話を切り出してみれば、案の定すぐさま答えを返してくれた。スザクを見つつも、 いまだに彼の視線の大半はスザクの後ろにでんと鎮座しているランスロットに固定されており、 きっとスザクがいさえしなければ駆け寄ってその頬をすりよせるのだろう。きっと今日もありがとう、 やっぱり君は世界一美しいよとディープキッスも贈るのかもしれない。
こくり、と頷いたスザクを一瞥して、ふぅん、と興味を失ったようにパソコンに向き直ると、 ロイドはスプーンを口にくわえたまま、再びカタカタとキーボードを鳴らしはじめた。 すでに時計の短針は四にまで近くなっていたけれど、二人にとって今の時間は人間にとっての昼に等しい。 日中は感謝するくせに、夜中にはこのラボに月の光と夜風を運ぶはずの窓がないことに文句を言いながら、 ロイドとスザクは雑談に明け暮れた。一見、キーボードをたたき続けているロイドがまるでスザクの話に 耳を傾けていないようにも見えるが、集中しているときはそのスピードがほぼ倍速になることを知っている。
「名前は日本語だったんですけど・・・」
「日本語?」
「英さん、っていうんです」
「はなぶさ」
「flower with big petalsという意味です」
「ああ」
なるほど、とポンと手をうっておきながら、ロイドは再びパソコンに向かう。 それがなんだかもどかしくて、スザクは椅子の上で居住まいを正した。いつもと比べれば彼の態度は 素晴らしい以上のものだったけれど、なぜだか今日は少しばかりイライラする。その何かを吐き出すよ うに上を向いて、スザクは背もたれに背を預けてため息をついた。ぐるりと建物の中を見渡す。再び ロイドに目を向けて、スザクは視線を彷徨わせた。
「・・・・それで、ロイドさん」
「うん、なぁに〜」
「その・・・知りませんか。英という名前の、 日本とロシアとブリタニアの混血で、三百年前まで、三百年間生きてきた・・・・女の、吸血鬼を」
何故だろう、嫌なほどに胸が騒いだ。熱にも似た喉と胸の乾きがスザクを掻き乱し、 まるで体中の血が走り回っているようにも感じる。だからだろうか、自分のヴァンパ イアとしての出生の全てを知りたい、と感じるのは。
自分が「ヴァンパイア」として、ロイドたちの所属する特派に入って三年ほどがたったが 、スザクは自分の出自や吸血鬼になった経緯について、きちんと語ったことはなかった。 それは自分を管轄下におくにおいて彼らが最低限の情報は与えられているだろうという憶 測からきていたこともあったし、スザク自身、それらを重要視していないからでもあった。 なのに、それなのに・・・・。
自分は誰から生まれて―――人間だった頃の記憶?首相であった玄武と、 母―――生まれ変わって?―――はなぶさ、さん―――ならば彼女は誰から 生まれて、誰に生まれ変わって、彼女を生まれ変わらせた人は?どこから来 て、どこへ行って・・・どうやって、―――――・・・・
そんなどうでも良かったはずの事が、昨日から焦燥感と一緒になってスザクの興味を惹いた。 自分の根底にある、何か。自分の魂に絡む、何か。自分の感情にしみこむ、何か。 何より自分たちの「糧」である血を逆流させて、滾らせて、ざわざわと落ち着きをなくさせる。 そうさせるほどに、スザクは自分の「モト」が知りたくて仕方がなかった。
―――たどり着ければ落ち着く気がする。気が気じゃない。自分のルーツの根底にある存在。 それが、気になって仕方が無い。

無意識のうちに胸をさすったスザクの行動に目を細めて、ロイドは静かににんまりと笑った。 いい兆候だ。確実に、気配を感じ取れるようになっている。
―――自分の出生を知りたがるのは、良い事だよ、とロイドは心の中で一人つぶやいた。
それはつまり、自分自身の血のルート、血脈を知りたがる、ということ。 人間だった頃のような、DNAを受け継いで繁殖していく様な家系ではなく、 ヴァンパイアと人間の間に成立した後の、血を与えた側と与えられた側の、切っても切れない親子関係の事だ。 自分をヴァンパイアにしたヴァンパイアを、ヴァンパイアにしたヴァンパイア。 それをずっとずっと辿って行くと、人間の様な母方の父方のではなく、 いずれはある一人のヴァンパイアに行き着くのだから。
―――何故、その存在が気になるのか?答えは簡単。それが、自分の『根』であり、父であるからだ。
血で縛られるヴァンパイア。その親子関係というのは、人間でいう愛情で結ばれた物とは次元の違う、 狂おしいまでの血の呪縛だ。血を糧に生きる、ヴァンパイア。それ以外で飢えを満たす事はありえなく、 乾いたなら愛しい血で、足りなければ愛しい血で。お互いの体にお互いの血が巡っているという快感、 その名のとおりの、「血縁」。ヴァンパイアの存在をただの吸血鬼だとしないのはそれらの持つ能力にもよる。 跳躍飛行、テレパシー、第六感・・・その他もろもろ、人によって呼び方は違えど、けれど血によって、 その血の近づきによって、能力の相性がいい相手も悪い相手も、じかに感情を読みとれる「血縁」もさまざまに出てくる。 自堕落であるはずの、自分のこと意外などどうでもいい性質であるはずのヴァンパイアが、 自分をヴァンパイアにした「親」にはひどく執着する。それほどまでに血の呪縛は鎖のように自分の根底を結びつけて、 そして血によってヴァンパイアは喜び、狂い、悲しむ。―――そんな、生き物。 生きることも眠ることも、愛情も狂想さえも、血によってコントロールされる、ヴァンパイア。 そんなヴァンパイアたちすべてを作った基である、王が。
王の目覚めが近づいている。王が確実に迫ってくる。自分たちの心をつかんで、離さない。



光り輝く朝を知っているか

2011年1月22日 (2009年2月21日初出)