「着替えておいで、スザク君。出かけるよ。セシル君も」
研究室に入ってくるなり、そう声をかけてきたロイドに、スザクとセシルはただ面食らった。 けれどスザクと違ってロイドになれているセシルは、 ロイドが何時もとは違う盛装をしているのを見てすぐさま特派を出る。 ロイドに引っ張られるようにして特派の一室に引きずり込まれたスザクは、 パイロットスーツを痛いぐらい強引に脱がしにかかるロイドに、思い出したように口を開いた。
「あのっ・・ロイドさん、出かけるって、どこにですか?」
自分でスーツを脱ぎ、シャワー室に入る。曇りガラスの向こうでロイドが身体を預けた。
「んー?シュナイゼル殿下から、王様が日本に向かってると聞いたからねぇ。お出迎えだよ、お・で・む・か・え」




たどり着いたのは、エリア11のトウキョウ租界の中で一番ゲットーに近いバベルタワーだ。 このタワーは租界内で唯一モノレールの駅が直結しているタワーであり、 モノレールから降りてこのタワーで休憩する客も多い。 総督府から二十分ほどかけて駅に着くと、 ロイドはもの珍しそうにきょろきょろと辺りを見渡すスザクをさっさと置いて歩き始めてしまった。 慌てて後を追えば、律儀に待っていてくれたのはセシルのみである。 今夜の彼女は深紅の露出の多いドレスを着ていて、魅惑的だ。 こっちよ、とロイドの消えた方向を指したセシルに従って歩き始める。
「セシルさん・・・・王様のお出迎え、って」
「ああ、スザク君はまだあまりそういうこと、知らないんだったかしら」
スザクの困惑をセリフから察したのか、安心させるようにセシルが柔らかく微笑んだ。
「大昔と違って、ヴァンパイアが人間と共存しようと頑張っているのは知っているでしょう?」
「あ・・はい。それは日記で読みました」
「王様の案によって、人間とヴァンパイアの共存は現代では驚くほど上手くいっているわ。 まぁ、それも管理体制の良さが一因なのだけどね」
「管理・・・ですか?」
「そう」
フランス料理店の前を通り、誰も乗っていないエレベーターに乗り、最上階へのボタンを押す。 ドアが完全に閉まったところで、セシルは口を開いた。
「共存の歴史は、同時に神聖ブリタニア帝国の歴史に他ならない。 ブリタニア皇帝と王様は代々同盟を結んでいるの。初代皇帝の代からね」
「同盟?」
「ブリタニアはヴァンパイアの存在を受け入れる。 居住スペースを提供し、血液バンクから、私たちの栄養パックの提供。迫害をしないという裏の法律。 対してヴァンパイア側は、その高い知能と身体能力を用いてのブリタニアへの貢献。 まだ年若いヴァンパイアなどの管理や、無闇に人間を襲ったりしないように管理、治安維持だったりとかね」
「ああ・・・・」
「たとえると、ヴァンパイアは基本的に皆高い知能を持っているから、 それに特化して物理学なんかを修めた私やロイドさんは、ブリタニア軍でKMFの開発をして、 その技術を軍に提供しているでしょう?」
「納得がいきました」
ポーン、とエレベーターが最上階まで着いたことを知らせると、二人はドアからすべりでた。 そこは広い展望台レストランで、セシルは入り口で店員を見つけると店長を呼ぶように伝えた。 程なくして現れた店長に財布からあるカードを見せる。 カードを目にした瞬間、一礼した店長がレストランの裏口へ二人を導いた。
「・・・なんだったんですか?今の」
「私たちが闇の住人です、っていう証よ。今から秘密のエレベーターに行くの」
「エレベーター?」
「最上階から一回まで直通のエレベーターよ。一回のエレベーターフロアに、使われていないのがあるでしょう? あそこに行き着くのよ」
「・・・こちらでございます」
裏口の事務室に行くと、店長が壁の一部にあったドアを開いて身をよけた。 開かれた空間に足を踏み入れると、ゆっくりとドアが閉められ、モーター音がなりはじめた。
「なんでわざわざここから行くんですか?」
「それは、私たちが正面入り口から入るからなんだけど・・・・ああ、でもスザク君は始めてだったわね。 裏口から入りましょう」
再び困惑の視線を向けたスザクに気付くと、セシルが笑った。
「ごめんなさい、わかりづらいわね」
「あ、いえ・・・すみません」
「いいのよ。さて、どこから説明しようかしら・・・」
ふむ、とセシルがあごに手を当てて考え始める。数秒たってからにこりと笑ったセシルにつられて、スザクも笑った。
「スザク君、一階には何があると思う?」
「一階?」
手すりに腰掛けるようにして壁に凭れたセシルが聞いた。スザクは数秒考えると、しどろもどろに応えた。
「えぇっと、確か・・・インフォメーションセンター、エレベーターフロア、ロビー、スターバックス、 ベーカリー、あと・・・ジュエリーショップでしたよね」
「そうよ、その中にヴァンパイアのコミュニティがあるの。」
名誉ブリタニア人として表向きは登録してあるスザクだが、このビルには一階ぐらいまでしか入ったことがない。 自信なさげに、それでもどうにか全部言い切ると、セシルがこともなげにさらりと言った。
「コミュニティ・・・ですか?」
「そう。ここからまた管理体制の話に戻るんだけど、ヴァンパイアの世界には各国のように、政府みたいなのがあるのよ。 ココでたとえたら、総督府ね。ヴァンパイアのコミュニティは、今世界に大きく分けて三つある。 ブリタニアに一つ、ここエリア11に一つ、そして中華連邦に一つ」
「エリア11に・・・」
「そうよ。ブリタニアにあるコミュニティが『本部』、エリア11にあるのが『日本支部』、 中華連邦にあるのが『中華支部』。 他にも色々EU支部とかエリア支部とかあるけど、その辺はまぁ市役所みたいなものだから、気にしなくていいわよ。 それで、一階にあるお店の一つに日本支部の本拠地があるの」
「お、お店の中に・・・ですか!?」
「どれだと思う?」
にっこりと笑ったセシルに押されて、考えて見る。
「・・・・インフォメーションセンター・・・ですか?」
「ハズレ」
「あ、そうですか・・・」
「正解はスターバックス」
「スタバ?」
「そうよ。世界中にあるスタバは全部ヴァンパイアが経営してるもの」
「へー、そうなんですか・・ってぇえ?」
現在世界で最も有名で、尚且つ世界一の売り上げを誇るスターバックスコーヒー店。 どこの国にも一つはあるといわれるその店は、値段こそ少し張るものの最上の質で人気だ。
「もちろん、普通に人間もはたらいてるわよ?ヴァンパイアが経営してるってだけ。」
「はぁ・・・」
一階に着いてエレベーターをでると、フロアの隅の方に『スターバックス勝手口』と書かれているドアがあった。 スザクの肩をたたいて注意をむけさせ、セシルはそのドアを指した。
「ほらスザク君、あれが正面入り口。普段はあそこから入るの。でも今回は初めてだから、裏から入りましょう。 要は、お店の入り口」

『いらっしゃいませ』という言葉に迎えられて店に入ると、 そこはスザクが普段知っている『スタバ』とは違う雰囲気の内装だった。 入ってまず気付いたのは、全ての席がソファだということ。 さらに対面式カウンターも設置されており、どうやらスタッフとカウンター越しに会話も出来るようだ。 また奥のほうに行くと、コーヒー器具のディスプレイスペースやライブラリーがあり、 そこは店というよりもむしろ―――。
「ホテルとか・・・空港のエグゼクティブラウンジみたい・・・・」
ぽつりとそう呟くと、セシルがあらと意外そうな顔でふりむいた。
「でもそれ、あたってるわよ。ここはヴァンパイアにとっての空港も兼ねているようなものだから」
「・・・はい?」
一瞬固まったスザクをよそに、セシルはカウンターへ寄ってコーヒーを二つ注文してしまった。 会計の時にゴールド色のカードを見せ、店員が表情を変えた事から、 それもまたヴァンパイア専用の何かなのだろうと察した。
「スザク君みたいに、陽光に耐性がついたヴァンパイアと違って、まだまだ陽光で焼死ししてまうヴァンパイアは多いの。 そんなヴァンパイアが渡航しようと思って人間の空港を使ったって、 夜のうちに全て移動できてしまう飛行機なんて少ないのよ。 だからコミュニティにはヴァンパイア専用の、地下特急列車駅もある。 世界中のほぼ全ての国の地下を網羅してるから、 ブリタニア本国からここまでだって多分二時間くらいしかかからないと思うわよ」
「うわぁ・・・」
「だから必然的に、ここも『ラウンジ仕様』になってる。こっちよ」
セシルはスザクにコーヒーのカップを持たせると、つかつかと裏口へ繋がる扉へ向かった。 ドアの傍に居た店員にゴールドカードを見せ、扉をくぐっていく。
「それは?」
「スタバ全店共通のプレミアムゴールド会員カード。人間はどうやったってプレミアム会員までしかなれないけどね」
ドアをくぐり、赤いドレープのカーテンをまくって中に入った。 照明を落として全体的に暗い、 しかし驚くほど豪華なその部屋の中心にある、重厚な木製の扉の前で、ロイドが待っていた。
「遅いよ、二人とも」
「申し訳ありません、ロイドさん。スザク君に色々と説明してたんです」
「まぁ、いいけどねぇ。じゃあ、行こうか」

ギギ、と音を立てて、左右にドアが開かれる。その先に待っていた世界を目にして、スザクは呆然とした。
「ようこそ、スザク君。ヴァンパイアの本当の世界にさ」


原石すら美しい宝石を知っているか

2009年4月1日