騎士団の一人が殺されたのがきっかけだった。 星刻が率いていたクーデターの人間の一人の仕業だった。

天子を人質に取ったものの、交渉に応じた大宦官の態度にあっさりと天子を無傷で帰した黒の騎士団。 天子と親交の深い皇神楽耶とのこともあったのだろう、比較的おびえた様子もなく、すんなりと天子は帰ってきた。 だが、そのことに反してそのクーデターの人間は激昂し、星刻の静止の声も聞かずに発砲した。 天子を人質にとったとはいえ、丁重に扱ったし、謝罪もして返した後にこの仕打ちは、 玉城を始めとする団員たちに火をつけた。 怒りに忘れた数人が中華に向けて発砲し、お返しとばかりに打ち返した中華との間に諍いが起こった。 結局、星刻とゼロがとめるまでに数十分かかり、被害は少なくすんだものの、双方の怒りが静まることはなかった。 これを受けた大宦官がチャンスとばかりに黒の騎士団との共闘を破棄し、 名実ともに黒の騎士団は中華と相対することになった。



さよならバイバイ



すでに大宦官たちは乗り込み、残りは天子と香凛、そして星刻だけだ。 天子の背を優しく押しながら促す香凛は、一人立ち尽くす星刻をいぶかしんだ。
「星刻様?」
「・・・・・・」
「星刻?どうしたの?」
同じようにおかしく思った天子が声をかけるも、星刻の意識はもはや中華側には向いていなかった。 悲しそうな、辛いのを押し隠そうとするその瞳に、香凛はなんだかいたたまれなくなった。
「・・・星刻様・・・」
星刻は、何かに導かれるように、斑鳩の前まで歩いていった。

じっと、こちらを見つめる男に気づいていた。 きっと、この隣にいる女との離別を悲しんでいる。 辛いことだと、認識している。 真実、C.C.もわかっていた。 たとえ天子がこの身何に変えても守るべき忠誠をささげる相手だったとしても、 それは敬愛の類であり、けして恋の混じった愛ではない。 星刻が世界で一番に愛したのは自分の隣にたっている男―――正確には、女だ―――であると。 そして真実、この隣に立つ男―――中身はまだ成人もしていない少女である―――が心より愛するのは、 星刻であると知っていた。 彼女の分け与えられる愛というのは手狭い。 彼女が持ちえる宝物というのはいつも両手分だけであり、それ以上は重すぎて彼女には耐えられないのだ。 片手には、誰よりも誰よりも慈しんで来た最愛の妹。 昔、もう片方の愛を受けていた男は裏切り、敵に回り、彼女の元にはもうない。 かわりに、彼女の与える愛を同じだけの、(もしかしたらそれ以上かもしれない)愛で返す男が納まっている。 なんとなく、自分と似ている部分で、通じるところがあったのだろう。 綺麗な黒髪だとか、長髪だとか、そういう外見的なものも含めて、 自分の幸せよりも大切に思っている者がいるところだとか、そのために力を惜しまず戦うところだとか。 そういう似たところがあったからこそ、二人は出会ったばかりだったにもかかわらず、 お互いの背中を預けられたのかもしれない。 ぬくもりを与えあうことができたのかもしれない。

騎士団の団員達もぞろぞろと、(かなり騒がしく)斑鳩に乗り込むのを見ながら、 C.C.は隣に立つ少女―――仮面の男、ゼロを見上げた。 その足取りは、どこか重い。 星刻側の人間が撃ったことによって勃発した戦闘と、それによって決別してしまった騎士団と中華に、絶望している。 悲しんでいる。 何よりも何よりも愛した、あの男との決別を。
「ゼロ、早くしろよぉ!!!」
という玉城の怒声が響き渡る。 いつもは鬱陶しそうにする他の団員達も、 今回ばかりはこの地にとどまることのほうが怒りを覚えるのか、ほうっていた。 変わりにゼロの方をちらちらと見、視線だけでなんとなく早く出発できはしないか・・・と様子を伺っている。 その視線には、先ほどの戦闘に対するゼロの怒りへの恐怖もまじっていた。 それを受けるゼロの表情は仮面に隠されて見えないものの、 ずっと隣にいたC.C.には手に取るようにわかってしまう。
・・・せめて、別れを。 決別が回避できないことならば、せめて愛溢れる別れをさせてやりたい。 そう思ったC.C.は、内心これから起こすことに対してゼロに謝りながらも、 少し大きめの声ではっきりと問いかけた。
(そう、思い知らせてやる、このバカ共。あちら側の人間一人の処刑や話し合いで解決できたはずの小さな戦争を、 起こした故におきた、ロミオとジュリエットのような悲しい別れをせざるを得ない恋人達がいるということを。)

「・・・いいのか?ゼロ。お前の愛した男だぞ。・・・きっともう会えない」
は?と玉城が声を漏らした。 愛した?男? 他の団員達も戸惑った顔でC.C.とゼロを交互に見ている。 しかし、それに気づいていないのか無視しているだけなのか、 (ゼロは前者でC.C.は後者だ)二人は淡々と会話を続けている。
「いい、さ」
「なら、なぜそんな泣きそうな声をする?」
「泣きそうな声など・・・っ!?」
肯定するゼロにすぐさま切り返すと、C.C.は無言で仮面に手をかけた。 慌てるゼロを無視し、C.C.は仮面の開閉スイッチに手を伸ばした。 カシュ、という音とともに仮面の後頭部部分がスライドする。 団員達が息を呑んだ。
「なっ・・・C.C.、なにを・・!」
「いいから、行って来い。こいつらはどうにでもしといてやる」
「まっ・・!」
少しの抵抗を見せるも、そのころにはもう仮面ははずされ、C.C.の小脇に抱えられていた。 暴れた拍子にゆるくまとめていた髪が解け、ふわりと流れる。

仮面をはずされたゼロの素顔を見た団員たちは、驚いた。 その美貌と、腰ほどまでに伸びた艶やかな黒髪に。 お、んな?とつぶやいた一人の団員に他のものたちもざわざわとしはじめる。 その様子に苦笑したC.C.は、そのままルルーシュの背を押した。
「行って来い」
「C.C.っ・・・」

「行って、来い」

戸惑いを見せたルルーシュは、しかし、それ以上何もいわなかった。 何かをぐっとこらえるように下唇をかむと、そのままゆっくりと踵を返した。 視線の先には、星刻が、いる。



視線の先に足先が見えると、ようやくルルーシュは俯いていた顔を上げた。 自分が何よりも愛した男。 自分が妹とは違う、「恋」という感情を含んだ愛情を初めて心から捧げた男だ。

そのまっすぐ過ぎる瞳に見つめられると、どうすればいいかわからなくなる。 俯いたり、顔を上げたりというのを繰り返していると、意を決したように星刻が口を開いた。
「・・・君と、相対することになるとは思わなかった。・・・覚悟は、していたが」
「・・・私もだ、星刻。・・・これで、本当に、敵同士、だな」
痛ましそうに見上げる少女が、何よりもいとしいと思った。 愛したかった。ずっとずっと。 手を取り合って、微笑み合って、できることなら一生そのそばで。 艶やかでさらさらとした黒髪を手に取る。 自分とは若干違うその手触りの髪を何度も何度もいつくしむようになでた。 ルルーシュはその感触に目を細めたまま、微動だにしない。
「ああ。・・・私は、天子様を守り、この中華を変えるために」
「・・・私は、優しい世界を、作るために」
今日、愛し合った私達は別れを告げる。

ルルーシュは目の前にあるその髪の一房を手にとって両手で包み込んだ。 いとおしそうにほほを寄せるその姿は、生涯絶対忘れないと思った。 自分も同じように、ルルーシュの髪を一房とる。 片手で持ち上げて、口付けをした。 まるで儀式のようだ、とその様子を見ていたC.C.は思った。 髪を取り合い、慈しみ合いこの恋人達は最後の別れを告げようとしている。 そっと髪を離したルルーシュは、両手で星刻の精悍な顔を包み込んだ。 その誰もが見惚れるようなその笑顔に微笑みで返して、星刻も片手で頬をなでた。 不意になんだか目頭が熱くなって、目を閉じる。 一滴、涙がこぼれた。 しかし、自分の右手にも同じような暖かい物の感触がした。 目を開けると、ルルーシュが静かに涙をこぼしていた。 それがどうにもいとおしくて、ルルーシュの広い額に、高い鼻の頭に、すらりとした手の甲に、 ふっくらとした頬に、涙のこぼれる瞼に、順番にキスを落としていった。 そのあいだ、何度も何度も髪をなでた。 気持ちよさそうに目を細めるルルーシュがこの世界の何よりも愛しかった。
(それでも、もう最後だ)

「・・・・・バイバイ、星刻」

涙でぐしゃぐしゃのクセに、その美しい顔は精一杯笑顔を作って、

「やさしいせかいで、あおう」

その首に抱きついて、唇を重ねた。
星刻も腰と頭に手を回して、何度も何度も唇を重ねた。





斑鳩に乗り込んだルルーシュは、C.C.が仮面を持っているということを忘れていた。
幹部だけがいる司令室の誰もが、ルルーシュをじっと見つめていた。
「っ・・・ふ、・・・・」
頭の中で泣くな、泣くな、と叫んでいるのに、いうことを聞かない。

涙が止まらない。

愛が止まらない。