「いいから、楽しんでいっておいで。ロロ。」
「でっ・・・でも、姉さん!」
そろそろ空気も冷えてくるだろうという時間、アッシュフォード学園クラブハウスの玄関先で、
ロロ・ランペルージは荷物を詰めたボストンバッグを抱えながらも、何とかしてとどまれないだろうかと食い下がった。
目の前に居る姉は相変わらず優しくロロの柔らかい髪を撫で付けながら淡く微笑んでいるばかり。
ロロの言うことなど意にも止めないようにやんわりと、しかししっかりとルルーシュはロロに言った。
「ほら、話し合って結局ロロが兄ということになったんだろう?ナナリーが寂しがるじゃないか。
私はいいから、ナナリーの所へ行っておいで。あの子も楽しみにしてるから」
「そうじゃなくて、姉さんが・・・」
「私は平気だって、ロロ。それとも皇宮は居心地悪いか?」
「そんなことないよ!姉さんが育った場所でしょう?ただ、姉さんが・・・」
わかっている。ルルーシュが理解しないことぐらい。
そして自分がここで駄々をこねてルルーシュを困らせてはいけないことだって、ロロにはわかっていた。
何せロロが一ヶ月に二回の週末、
金曜日の夜から日曜までナナリーの居るブリタニア皇宮で過ごすことはナナリーと
ロロの二人で相談して決めたことなのだから。
ゼロと学生の二足の草鞋を履く姉にとって、この週末は何よりも安らげる一時なのだから、
それを邪魔しないようにしようと、ナナリーと二人でしっかりと決めたのだ。・・・望んでいるかは別として。
ここでたったの三日とは言え、クラブハウスを出て行く事はロロにとってある意味の苦痛だった。大好きな姉を、
大事な姉を、もう好きで好きで仕方ない姉を、いくら夫とはいえ(といってもロロは認めてない)
あの男が三日間も独り占めするのだから。
「ロロ・・・」
しかし、ロロのそのわずかばかりの抵抗は、ルルーシュの悲しげな瞳で降伏に終わった。
忙しくて中々会えない自分の夫に会いたいと思うのは当然だ。
ロロのことは大切だから無理に追い出したくない、でも夫の事も大切だから会えないなんてのはいや、
その二つの感情がぶつかり合って、必然的にルルーシュの眉を下げさせていた。
「・・・・・・・・・・・・・・行ってきます」
その表情みた0.5秒後、完全なる敗北を悟ったロロは、
しばらくの間考えこんでから、ルルーシュの頬に一つキスを落として家を出た。
Weekend Lovers
あいつの好きなものは何だっただろうか。
あと一時間ほどでやってくる相手を想いながら、ルルーシュは長い髪を後ろで束ねて背に流した。
仕事で疲れて帰ってくるであろう夫のために、
あまり重くない中華料理を作りながら前回やってきたことのことを思い出し、そっと笑みを唇に乗せる。
きっと今回も何も変わらない。ただ三日間、お互いだけを見て穏やかに過ごし、次会えるときを夢見てまた頑張る。
それだけだ。
剣と身分証だけを持ってそのまま領事館からやってくるであろう夫の着替えは問題ない。
すでにルルーシュのクローゼットの三分の一は星刻の置き服でいっぱいだし、
歯ブラシなども星刻専用の物がいつでも洗面台に鎮座している。
セミダブルのベッドは二人で寝るには長身の彼にはいささか狭いかもしれないけれど、
どうせくっついて寝るのだから大丈夫。
何も普段と変わった事などしなくてもいいこの事実に、ルルーシュはちょっとばかりでなく嬉しくなって笑った。
後は白米をよそうだけで、他の料理は全部テーブルに並んである状態に満足し、ルルーシュは時計を見た。丁度七時。
後ろ手でエプロンのリボンを解いていると、チャイムの音が玄関先に響いてルルーシュは走った。
走りながらどうにかリボンを解き、頭からエプロンを抜き取り、床に放る。
少しばかり髪が乱れた事は全く気に留めず、ルルーシュはすばやく扉を開けた。
すぐさま腰に回された腕に呼応するように、勢い良く首に抱きついた。
「星刻!」
夕食を食べ、二人で入浴も済ませた後、星刻はリビングのソファに座りながらテレビをつけた。
世界情勢をメディアがどれだけ正確に、どれだけ情報を操作してから発信しているのかを知るためだ。
「何してるんだ?」
しばらくテレビの情報と自分の頭の中の情報を比べていると、
イヴニングティーを運んできたルルーシュが台所から現れた。
まだほんの少しだけ風呂の余韻で頬が赤くそまっているのをみて、星刻はそっと笑みを浮かべた。
「ちょっ・・星刻」
「いいだろう?」
ソファの前のローテーブルにカップを滑らせたルルーシュの手を引いて、
反動でバランスを崩したルルーシュを膝に乗せる。
少しだけ抵抗を見せたルルーシュの唇にそっと指をあてて、星刻はルルーシュを抱えたままその腹の前で手を組んだ。
ルルーシュはすっかり順応して、先ほどの星刻と同じようにテレビを見ていた。
「ふん、EUの老いぼれどもめ。ブリタニアが侵略戦争を止めたとたんに粋がる・・・」
「いまや世界はブリタニアだけではなく、中華連邦、そして合衆国日本の三大国で成り立っているようなものだからな。
一昔前の栄光を取り戻したいのも無理はない」
「だったらもっと有能な外交官をよこせと言いたいな。日本が落ち着いたといっても、周りがそうじゃない。
全く、いつまでゼロをやればいいんだ。」
苦々しげに吐かれたルルーシュの言葉を少し考えて、星刻は同じ様に眉を顰めた。
それはもしかしなくたって、夫婦として一段落するまでの道のりが長くなるということではないか。
「・・・君の言う事ももっともだな。私としては、毎日でも君に会いたいのに」
「っ・・・・・・・言ってろ、馬鹿」
「馬鹿で結構」
耳元に寄せられた唇から囁かれた甘い響きに顔を真っ赤に染め上げたルルーシュは、
それを隠すように身をよじって星刻の肩に顔をうずめた。
罵倒を即答で流した星刻が先ほどとは違った意味合いで背中を撫ぜてくるのを感じて、眉を顰めて唸る。
「星刻!」
「なんだ?」
「なんだ、じゃない!」
「ルルーシュ・・・」
はぁ、と呆れたように大げさなため息をつくと、星刻は点いたテレビをそのままにソファにルルーシュを押し倒した。
意地の悪い笑みを浮かべる。
「コウノトリの運んでくる『モノ』の件。一体いつまで私は天子様をお待たせしなければならないのだろうな?」
「なっ・・・」
首筋に当てられた柔らかい唇に少し息を呑んで、ルルーシュは耳から首までかーっと血を上らせた。
星刻の髪を引っ張る。
「ばっ・・・ばか、駄目に決まってるだろ!何考えてるんだ!?」
「言われてなくてもわかっている。」
涼しげな顔を崩さずに言われたそれに、ルルーシュが羞恥を隠せずに唸る。
いつでも冷静さを欠かない自分の夫が随分と恨めしく思えて、
ルルーシュは手を伸ばして星刻の両頬をあらん限りの力でつねった。
星刻ががくっと力を抜いてルルーシュの上に崩れ落ちる。
「いっ・・・ルルーシュっ」
「私じゃない、お前が悪いんだ!」
「横暴だ!」
「横暴なのはお前だ!」
鼻先がふれあいそうな距離で睨み合いの言い合いをしているうちに、
なんだか二人ともお互いの表情と言動が可笑しく思えてきて、思わずくすくすと笑ってしまった。
今度はくつくつと笑いながら唇で首筋をなぞってくる星刻を今度は笑って受け入れて、
ルルーシュはそっと首に腕を絡めた。
「・・・言っておくが、風呂に入ったばかりなんだからな」
「明日の朝、また一緒に入ればいいだろう?」
「まったく・・・」
言葉では一応嫌がりつつも、
首に絡めた腕を引いて星刻の顔を引き寄せたルルーシュがまんざらでもなさそうなのを感じて星刻は笑った。
触れ合う直前にそっと目を伏せるルルーシュの目じりをなでて、そのまま唇を重ねて沈んだ。