顔的な意味でも性格的な意味でも心的な意味でも、全ての意味においても、 我が娘は世界一愛らしいと、心の底から本気で思う。『親バカめ』と呆れられる事もしばしば。 けれどそれが至上の褒め言葉に聞こえるのはどうしてだろうか。
母音のみで伝心を図ろうとする娘の相手を、暇な限り務めるのは父親である自分の義務、役目。いや、もう趣味。
先週ようやく自分ではいはいし始めた娘が勝手に何処か行きやしないか、 怪我をしたりしないかと大慌てしたのはつい最近の話で、 けれど母親である彼女が気にも留めていない風であったので気をもむのをやめた。

「うあー」

そして黎星刻は、今日も今日とてはいはいしながらやってきた娘を抱き上げ、その額にちゅ、 と万感の想いを込めてキスをするのだ。 後ろの台所で昼食を作っている妻の姿と娘を交互にみやり、ああ幸せだなぁなんてかみ締めながら。



ハロースウィーティー



これまでの過酷な人生経験からくる精神的、身体的ストレスからか、それともゼロとしての活動から来る過労か。 原因はわからないが、ルルーシュは娘に生を与えてから一週間ほどで母乳がストップしてしまい、 黎家の子育ては粉ミルクで、ということになった。 ルルーシュがどうしてもというので様々な方法を試してみたものの、結果として母乳が再び出ることはなく、 しぶしぶだがルルーシュも納得してはや一ヶ月。 それこそルルーシュは本気で泣きながら残念がっていたが、 (昔から彼女はどうやら命に対してそれなりの基準やこだわりがあったから、 多分自分の子ぐらい母乳で育てたいと思っていたのだろう。 もしかしたら乳母に育てられることが多い皇宮で育てられたことからもくるのかもしれない。) 今では手馴れたように粉ミルクを作っている。
黒の騎士団のCEOと総司令が揃いも揃って週末はNO出勤というのもどうなんだという話だが、 これは既に騎士団だけでなく蓬莱島満場一致で可決されている事であり、 週末明けに出さなければならない書類が無い限りは自宅にも仕事を持ち込まないようにしている。 そして、普段咲世子に任せている娘と思いっきりすごせる時間がこの本日日曜の昼なのだが、 (土曜日は二人そろって寝坊するため、日曜日である)星刻は娘を膝にのせつつも、 涙を呑んで案件について頭を回さなければならない。 星刻に縋りつくようにあうあうと手を伸ばしてくる娘を(構ってやれないのがつらい・・・!と思いつつも) ぎゅううと抱きしめ、星刻は再び書類に目を通そうとしたのだが―――。
とうさま、なんでかまってくれないの?とばかりにじっと見つめられては、進む書類も進まない。 ついつい娘という名の誘惑に負けた星刻は、昼食ができるまでだと自分に言い聞かせながら娘を抱き上げた。
「星花(シンホァ)」
「きゃー」
腕の中で優しくゆらし、覗き込むようにして娘に向かって微笑めば、娘は案の定きゃっきゃと無邪気な笑い声をあげ、 その声を聞いてさっさと誘惑にまければよかったと星刻は自己嫌悪に陥りかけ、 そして目の前の案件をぺいっと横に放ると娘を頭上に抱き上げた状態でソファにねっころがった。 ちなみに、高い高いはしない。 (ルルーシュがブリタニアでそれは犯罪だ!最大の幼児虐待だ! 高い高いをされた赤ん坊が年間で2000人も命を落としているというのに、星刻、お前ってやつは・・! と半ばヒステリックに怒ったからである。星刻はあの時本気で怖かった。 娘に高い高いなどは決してしないように心に固く誓った)
ソファの肘掛に頭を乗せ、相変わらず胸に乗り上げたまま意味不明の (星刻からしてみれば凶悪に可愛い)動きをしている娘をじっと見る。 そのうち娘自身がじっと星刻を見詰めてくるのも相まって、二人はしばらくお互いを見詰め合っていた。 どこもかしこも妻のパーツばかりを受け継いでいる娘。 唯一自分の娘だとわかるのは、くりくりとした大きな瞳にはめ込まれた赤茶色だろうか。

何をするでもなく見つめてくる娘が、なにやら星刻に話しかけてきているような気がして。 思うままに、星刻は口を開いた。
「暇か、星花?すまない、もう少しだけ我慢してくれ。そうしたら遊んでやるからな」
「う」
「ん?これか?これは次の案件でな・・・EUの首脳達が頭でっかちでな」
「あぅ」
「わかるか、星花。ああ、お前ならきっと将来、確実に優秀な人物になるだろう。何せ私たちの娘だしな」
「ちゃー」
「なに、ミルクはまだかだと?そうだな、もう少ししたら母様が用意してくるだろう。それまで・・・」

「ぶっ」

突如背後から何か噴出したような音が聞こえ、星刻は後ろを振り返った。 見れば、壁に寄りかかったルルーシュが肩を震わせ、手に持った哺乳瓶の中身を今にも押し出しそうに握り締めている。
「くっくっくっ・・・」
「ルルーシュ?」
「も、もう駄目だっ・・・あっは・・っはっはっはっは・・・・お、面白っ・・・」
腹を抱え、ずるりと床に膝をついたルルーシュが少しだけ心配になり、星刻は娘を胸に抱いたまま体を起こした。 う?ときらきらとした目で母親を見ている娘と視線が合い、次に星刻と目が合い、ルルーシュはさらに噴出した。
「だっ・・・だっ、て、すっごいっ・・・まじめ、に・・っ会話・・・あはははは!」
なぜルルーシュがそうまで笑っているのかわからず、先程までの自分の発言を頭の中で反芻していると、 なるほど自分はどうにもおかしい事を沢山口走っていたらしい。
「・・・悪いか」
恥ずかしいのか照れくさいのか、すこしむすりと機嫌を悪くしてそっぽを向いた夫を見て、 ルルーシュが未だに笑いつつもずりずりと傍によった。 手を伸ばしてくる娘を抱き上げ、今度は自分が星刻の胸に寄りかかる。 反射的に腹に手を回されて引き寄せられつつも、どうやら機嫌は良くないらしく。 ほんの少しだけ頬を膨らませ(可愛い、)そっぽを向く夫の頬にちゅっと口付けて、 ルルーシュは娘にもキスをしてからころころと笑った。
「いーや?可愛らしいと思っただけさ。なぁ、星花?」
「あー!」
「ほら、この子も父様かわいーって」
「・・・言ってないだろう?」
「おや、旦那様は赤子の言葉がわかるものだと思っていましたが故」
「・・・ルルーシュ」
いつの言葉かおどけて見せたルルーシュに、本気で星刻が機嫌を損ね始めたのが見て取れて (大方恥ずかしいだけだろうが)、ルルーシュは盛大に笑った。 くるりと身体の向きを変え、娘を抱き上げて膝の上で支えながら立たせ、腕をふりふりと振る。
「『とーさま、おひるたべたらおにわにいきましょ?』・・・だそうだ。父様?」
相変わらず無垢な瞳をする娘は、母親にマリオネットの如く操られた後に膝の上に戻され、 口にそっと添えられた哺乳瓶からんくんくと勢い良くミルクを飲み干していっている。 ほんの少し期待の篭った瞳で見られているのは、星刻の気のせいだろうか。 なんだか少しバカにされたはずなのに、 娘を出されただけでどんどん機嫌がうなぎのぼりになっていく自分を現金だななんて思いつつも、 正面から娘にミルクを飲ませているルルーシュの前髪を上げて口付ける。 きょとんとめを瞬かせて顔を上げたルルーシュにそっと笑って、星刻はわざとらしく腹を押さえた。
「・・・いい加減、私も腹が減ったんだが。かーさま」
「・・・・・わざとらしい・・・」
かーさま、の部分だけ口調を変えて、星刻がにやりと笑ってルルーシュをみる。 それに諦めたように娘を星刻に預けると、ルルーシュはもう既に出来上がっていた昼食を皿に盛りにいった。
相変わらず娘とじゃれる自分の夫を、好きだなぁなんて思いながら。



あーもうかわいいなぁ

2009年5月1日