真っ白で眩しい光の中、星刻は怠慢な動きで目を開けた。 自分の洗い息遣いばかりが鮮明に聞こえ、視界はぼやけてはっきりとしない。 長年の経験から、自分の周りに人の気配が沢山集まっていることだけは感じ取れたけれど、 今までならば判断できたはずの人の区別まではできなかった。 遠い彼方で自分が膝をつき、頭を垂れた少女の甲高い声が聞こえる。 星刻、と泣きそうに紡がれる自らの名前はなぜかすすり泣きのようにも聞こえて、 星刻は何故だか唐突に、たった一ヶ月の間に綾瀬を繰り返した少女を思い出した。
「いや、星刻、死なないで!」
「星刻様!」
耳煩わしい声が口々に発せられ、星刻は眉を顰めて重く息を吐き出した。ああ、自分は死ぬのか。 戦場でもなく、政治の場でもなく、他の人間と変わらないような、 白い天上、白い床、白い壁、白い寝台・・・何もかもが眩暈を起こしそうなほどに真っ白な、病室で。
彼女は、今どうしているのだろう。たった一ヶ月。 たったの一ヶ月の間、自分達は恋人という関係に身を染めていた。 年齢も素性も、名字すらも知らない。 ただ、その美貌と、それに似合う美しい名前と、笑顔の中に秘めていた悲哀しか。 ―――自分は知らない。


ああ、ルルーシュ。

―――今、君に会いたい。



Last time xoxo



なんとも典型的で、ドラマで見るような出会い方をした。 普通ならばあのような出会い方をしても、すぐにそれで終わるだろう。 まるで引力のように惹かれ合い、熱を交わした自分達は、傍から見ればどれほどまでに滑稽だったろう。
ともに居た時間の密度は濃くとも、会った回数でいうならば、 それこそ自分達は両手で数えるほどの関係でしかなかった。 けれど彼女は決まってあの場所に座り、星刻が走り寄ってくるのを見つけると、華が綻ぶように笑うのだ。 その笑顔が何度でも見たくて、必要の無いくせに、 エリアの視察と称して星刻は何度も総領事館を抜け出した。 ゼロが復活し、大宦官の一人を暗殺し、黒の騎士団との共闘を約束した間も、 何度も会い、愛を囁き、熱を交わし、お互いに溺れた。

最後に会ったのは、行政特区日本の式典が始まる、前の日のこと。本国に戻る事になり、別れを告げた。 わかったと、彼女はそれだけを言い、そして熱を交わした後、夜が明ける前に部屋を出て行った。

彼女は今、どうしているだろう。




「―――ゼロ!」
「星刻が・・・」
ふと、ざわりと周りが騒がしくなり、口々に呼ばれた名前でゼロが病室に入ってきたことがわかった。 周りにいた気配が全て、波が引くように消えていって、ふと自分に影が差す。 ゼロが寝台の隣に立ち、星刻を見下ろしていた。
「・・・ゼ、ロ」
「―――星刻」
名を呼ぶ声すら掠れ、それでも星刻はわずかの間でもともに戦った共闘者を見上げた。 何時もの高圧的な威圧感はなりを潜め、ゼロはただ静かに星刻を見下ろしている。
「すま、ない・・・・な」
「――――・・・馬鹿が」
「ゼロ!なんて事」
「大馬鹿だ、お前は」
はき棄てるように罵倒するゼロを訝しく思い、星刻は少しだけ首を廻らせた。
「ぜ、ろ・・・?」
おもむろにゼロが両手を仮面の前にかざし、カシャリという音を立てながら仮面を掴んだ。 その光景に他の面々が息を呑み、後ろからゼロを凝視している。

―――さらり、と現れた長い黒髪が背に流れるのを見て、誰かが呆然と女?と呟いた。顔は見えない。
けれど、その真下でそれを目の当たりにした星刻は息を呑み、そして呆然と『ゼロ』を見上げた。
白い肌、大きな目、紫電の瞳、艶やかな黒髪、桃色の唇。はらりと涙をこぼすその姿は、まさに???


「ああ・・・」
吐息とともに口に笑みが浮かんで、星刻は荒んだ視界を一度閉じて彼女を見上げた。 重力にしたがって流れ落ちる涙は、全て星刻の頬に落ちて、まるで星刻が泣いているようにも見える。

「・・・・ずっと、そこにいたのか・・・」

ルルーシュ・・・・


手袋を取り、細く繊細な手が頬を撫ぜてくるのにすりより、小さく口付けた。 けれど力が入っていなかったのか、唇で撫ぜるようにしかならなかったかもしれない。
「・・・死ぬのか、星刻」
久しぶりに聞く清涼な声に、小さく微笑みながら頷く。 後ろでええ!と誰かが叫び、殴られているのがわかった。
「・・・馬鹿だろ、お前」
「そう・・・、だな・・・」
せめて、彼女がずっと傍に居ると知っていたら。ゼロであったと知っていたら。 そうしたら、自分達は、もっと―――

「お前の時間が、もっとあったら」
ふと洩れた呟きに、星刻は意識をその声に向けた。 いつの間にか星刻の枕元に膝を突いていたルルーシュが、じっと星刻を見つめている。
「お前の時間が、・・・あの時の私たちに、もっと時間があったら・・・」
そうだな、と答えたくて、星刻は手を伸ばした。 ほんの数センチだけしか布団からうかなかった手はしかし、すかさずルルーシュに捕らえられて、 頬に擦り寄られる。
「星刻・・・・」
手をそっと外し、星刻は億劫な動きでルルーシュの首の後ろに手を回した。 ほんの少しだけ力を入れれば、すぐに理解したルルーシュが星刻の首に手を回す。
少しして離れると、ルルーシュは相変わらず泣いていた。 口には血が伝っていて、それが倒錯的に美しかった。
「・・・馬鹿。血の味がする」
「そう、か」
「でも、嫌じゃない。別に」
「そ・・だな」
笑うのも苦しくて、星刻は目を閉じた。 気付けば後悔ばかりだったけれど、出会えたことは何よりの僥倖だった。 ああ、生き続けるのに愛を差し出さなければならないのなら、愛を持って逝こうと、そう思える。 愛を囁く声はもうひゅーひゅーと空気とかすれて消えて、星刻はけれど最後だけ。
「ルルーシュ・・・」

「あい、」



でもきっと、私がゼロだと告げていたら。

2011年1月24日 (2009年5月4日初出)