第五章「死線ノ涯」より捏造ストーリー。
シギュンがクレオに士官学校時代を語る場面で、クレオがシギュンのライガットへの気持ちに「もしかしてシギュンさんて」となる所からの捏造です。
そう、何人たりとも私のホズギュ熱愛結婚説に反論できないのである。私はライギュだなんて認めないのである。ライガットはナルヴィかホズギュの未来の娘とかと結婚すればいいのである。




何人たりとも私のホズギュ好きを止められはしないその1



士官学校時代を懐かしむシギュンを見て、クレオはある疑問にかられた。もしや、シギュンは・・・。
「・・・あの、シギュンさんて」
「うん?」
あの黒銀のゴゥレムの搭乗士である、ライガット・アローを好いているんじゃないだろうか。クリシュナ国王の妻となった今でも。そう口にしようとした所で、クレオは思いとどまった。コンコンと、シギュンの寝室の戸を優しく叩く音が聞こえたからだ。
「・・・はい、どなた?」
ベッドから身を起こしたシギュンが、ほんの少しだけ声を張って答える。その声にもクレオはあれ、と思った。シギュンの声色が、来訪者が誰かを訪ねているのに、なんだか優しい。シギュンは誰にでも優しく対応するけれど、なんだか違う優しさだ。ワルキウレス部隊のみが入る事を許される部屋の前でノックをした時に、部下の誰か一人であると解っているゼスの、「誰だ?」と問う声に似ている。
『俺だ。入ってもいいかな』
「・・・ええ、ちょっと待っててくれる?」
すぐにベッドから身をおろしたシギュンが、ほんの少しだけ髪を直した。そして振り返り、クレオを頭のてっぺんからつま先までじっくりと見る。まるで、クレオの扱いをどうしようかと迷っているようなそぶりだ。
「シギュンさん、どなたですか?」
なんだか居心地が悪くなって、クレオは思わず訪ねた。
「・・・クリシュナ国王よ。私は構わないけれど、貴女のように年頃の女の子がいる部屋に、この時間帯に招き入れるのはどうしたものかしらと思って」
「はあ・・・・ってぇえ!?クリシュナ国王!?」
「え、ええ」
(どっ、どうしよう!?)
クレオは動揺した。シギュンが言うような、年頃である自分もいる部屋に訪ねて来る時間帯云々という話にでは無い。いくらシギュンがクレオに対して非常にフランクで優しいとしても、彼女はれっきとしたクリシュナ王妃だ。そして今訪ねてきている相手はクリシュナ国王。二人は夫婦だ。それは、つまりーーー
(もしかしてもしかしなくっても、私、今お邪魔虫なんじゃ・・・っ!?)
そんなクレオのうろたえぶりを見て、シギュンは小さくため息をついた。
「・・・やっぱり、だめね。ホズルには今日は遠慮してもらうように言うわ」
そう言ってきびすを返そうとするシギュンに、クレオはあわてて彼女のネグリジェの裾をつかんだ。
「まっ待ってください!!私、大丈夫ですから!」
「でも・・・・」
「このベッドの上に座って、カーテン全部ひいて、おとなしくしてますから!その、あの、気にしないでください!」
クレオはあくまで軟禁中の身なので、この部屋からは出られない。かと言って入浴からだいぶ時間がたってしまった今では、この部屋に隣接している風呂場は冷たくて、寒い。このベッドにいるしか方法が無い。クレオはとにかく、お邪魔虫にはなりたくなかった。
そんなクレオの思いがきちんと通じたのかは定かではなかったが、どうやら納得はしたようで、シギュンは頷いた。そのままドアへと歩み寄り、少しだけ扉を開ける。クレオがしっかりとベッドのカーテンを引いたのを確認してから、ホズルを招き入れた。
「待たせてしまってごめんなさい。・・・捕虜の彼女をどうするか、迷っていたものだから」
「・・・ああ、確かに年頃の女の子がいる部屋を訪ねるような時間じゃないな。すまん、今度から気をつける」
「ありがとう。・・・何か、飲む?ホズル」
「そう、だな・・・暖かい、紅茶でも頼むよ」
「ええ・・・座って」
ギシ、とほんの少しだけ椅子がきしむ音がして、クレオはそうっとそうっとカーテンの隙間からのぞいてみた。二メートル近い身長のホズルには、シギュンの部屋の椅子はどれも華奢だ。それでも肘掛けがついた一番豪奢な椅子に座ると、ホズルは疲れをどっと吐き出すように大きくため息をついた。その眉間にはしわがよっている。傍らではシギュンが魔術器具を使って暖かい紅茶をポットに淹れている。コトンと小さな砂時計をひっくり返して、シギュンは椅子に座っているホズルの後ろにたった。優しい手つきで額の飾りをそっと外し、いくつかの髪留めを外す。広がった髪をほぐしながら、シギュンはホズルに語りかけた。
「おつかれさま・・・疲れたでしょう」
「ああ、さすがにな」
「ここ二晩ほど、寝る間も惜しんで執務を行っていると参謀長から聞いたわ」
「軍のみんなが今も命をかけて戦っているときに、俺がぐうたら寝てるわけにはいかんだろう」
「それはそうかもしれないけど、・・・あなたは国王だもの。きちんと休息をとるのも、あなたの役目よ」
優しくホズルの髪を梳いていた手を止め、シギュンはホズルの頭に小さくキスを落とした。砂が落ちきった砂時計を見て、紅茶を淹れる。
「はい、ホズル」
「ありがとう・・・お前はどうだ?最近、仕事続きで、疲れてるだろう。すまんな」
疲れているだろうと、普段のホズルは入れない砂糖やミルクも入れた。受け取ったホズルは何も言わない。シギュンは再び後ろに回って、そっと首に腕をまわした。コトリと小さな頭をホズルのそれに凭れる。紅茶に口をつけてから、ホズルは顔をずらしてシギュンの額に口づけた。
「私のは趣味みたいな物だもの・・・・別に、苦痛じゃないわ」
こめかみにチュ、と口づけ返して、シギュンはゆっくりとホズルの肩をもみ始めた。肘を使いながらぐりぐりと肩をこね回していく。
「・・・シギュン、痛いぞ」
「後で利くの。我慢してちょうだい」
「紅茶がこぼれる」
「わがまま言わないで。国王のくせに」
「・・・・お前の前では国王も何も無いだろう」
とたんに拗ねた口調になったホズルに、シギュンは呆れ半分からかい半分で笑った。
「あら。ライガットに何か言われたときは粛正するぞだの処刑だの言うくせに、私がからかうと拗ねるの?」
「シギュン」
「・・・・ごめんなさい」
士官学校時代によく見た顔だ。あの頃のホズルというのは結局、シギュンが交際にOKの返事を出す瞬間までシギュンはライガットを好きだと思っていて、すべて持っている皇子のくせに『能無し』に対して自信が無くって焼きもちを焼いていた。この顔は交際が始まった後、自分の好意が解っている筈なのに、それをわざと見えないフリをしてライガットと一緒にホズルを少しからかっていたシギュンに対してみせた、捨て猫のような顔だ。こんな風になるととたんに情けなくなるホズルが、シギュンは結局かわいかった。素直に謝って、頭を引き寄せて唇を重ねる。
「ここ最近の夜の習慣はね、夜のお伽噺の代わりに、あの子・・・クレオに、ゼスの話をする事なの」
「ゼスの?」
自分の名前が出て、カーテンの後ろでクレオはびくっと肩を揺らした。
「ええ。士官学校時代の話をね。クレオはゼスの部下で・・・ずいぶん可愛がられてるみたいだから。もっとも、ゼスの部下は全員彼に対してかなりの忠誠心があるようだけど」
「へぇ・・・で、どんな話してるんだ」
「どんな、って・・・別に、昔の話よ。例えばあなたとライガットが私たちのプール授業をのぞいて、それをゼスに明るみに出された時の話とか」
「・・・・・ゼスめ・・・俺とライガットは未だにあの事を許してないぞ、ってっ」
「悪いのはどう考えても貴方たちでしょう」
「・・・他には?」
はたかれた頭をさすりながら、ホズルは話の続きを促した。
「そうね、今日は貴方たちが二人で女子寮に忍び込もうとして、結局殺されそうになって、そうなる前にゼスが貴方たちを逃がした話をしたわ」
「・・・あの時ほどゼスを心強く思った事はないな」
「あなたとライガットがする事は昔からくだらない事ばっかり。女子に気付かれずにスカートめくりをするとかいうのもやってなかった?」
「お前にはやってないぞ」
「当たり前でしょ」
「はは、そんなむくれるな」
腕を伸ばして、ホズルはシギュンの片側の髪をすべてかきあげて一方に流した。そのまま露になった頬をぷに、とつまむ。とたんに伝わった感動的な感触に、ホズルは感嘆の声を漏らした。
「・・・おお、のびる・・・」
「・・にゃんのまえ・・・?」
「いや、ライガットがな?『シギュンの顔は餅のようにのびるぞ、おもしろいから試してみろ』って」
じとりと睨むシギュンに手の甲を摘まれて、ホズルは手を離した。が、手はそのまま流れる髪を掬う。目の前に広がる太陽のように輝く金髪が、ホズルは好きだった。自分の容姿に劣等感を持った事は無いが、士官学校時代にはゼスと二人でシギュンとライガットの、木陰で輝く金髪をよく見ていたものだ。ゼスは紅茶の入ったカップをテーブルの、本が積み上げられていない、カップ一つ分のスペースを見つけると、そっとおいた。
「シギュン、こっちに」
華奢な手だ。自分のそれよりも一回りも二回りも小さい。しかも、常に冷え性で指先が冷たい。体温を分け合うように握り込むと、ホズルはシギュンの手を引いた。後ろにたっていたシギュンが、つられてホズルの隣に来る。そのまま腰を抱き寄せて抱き上げると、ホズルは自分の膝の上にシギュンを横抱きのままおろした。シギュンは、小さい。士官学校時代、ホズルはシギュンの手を取るのも抱き寄せるのもつぶしてしまいそうで怖かった。皇子という立場上、社交場などでの他の女性のリードは慣れた物だった筈だが、事実上初めての『好きな女の子』に大しては、それらの経験はすべて役に立たなかった。それが今は、何を恐れる事も無く行える。シギュンも、昔は恥ずかしそうにつんとそっぽを向かれたが、今はホズルを静かに見ていてくれている。
ハァ・・・と細く薄く息をはいて、ホズルは抱き寄せたシギュンの首筋と肩の間のくぼみに顔を埋めた。即位直後の貴族の内乱は、冷静に対応できた。そもそもそれを覚悟した上で行った政策であったし、何より戦っていたのは全員自分の身内だ。仲裁もやりようがあった。けれど今は、正真正銘の戦争だ。ホズルが自ら責任を持つ、軍事大国との戦争。ただでさえストレスの溜まる状況に、親友のライガットが第一線で命を懸けて戦っていると思うと、気が狂いそうだった。こうして今自分の頭を抱き寄せて頭に口づけ、髪を梳いてくれる存在がいなければ、とうに狂っていたかもしれない。
「・・・シギュン」
「なぁに?」
「ありがとう」
ようやく顔を上げてそう言えば、微笑んでいるシギュンがいた。ホズルの頬を包み込んで、親指で顔を優しくなでる。静かに口づけられて、ホズルも目を伏せた。
「・・・・大丈夫。大丈夫よ」
繰り返し繰り返しホズルの額や目尻に口づけながら、シギュンは繰り返した。
「この国には、バルド将軍がいて、ナルヴィ隊長もいる。ゴゥレムを直して送り出す私もいるわ。この世でたった一人しか扱えないデルフィングがある。きっと、ライガットは勝利を手にして帰ってくるわ。そしてこの国には貴方がいて・・・・貴方を慕う民がたくさんいる。この国は強いわ・・・・大丈夫、大丈夫よ。負けないわ」
「・・・そうだな、そう、大丈夫だ。すまん、弱気になった」
「いいの。・・・いいの、国王が弱気になっても。それでも貴方がまた立ち上がれるように、私がいるの。伊達や酔狂で貴方の奥さんになったんじゃないのよ」
そうして二人額を合わせ、微笑み合う姿は幸せそうで、クレオはカーテンの隙間から感嘆のため息をもらした。

「・・・紅茶が、すっかり冷めちゃったね。淹れ直す」
「いや、いい。もう行くよ」
しばらくそうしていたのか、ふとホズルのカップを手に取ったシギュンがその冷たさに驚いて、提案する。けれどそれをやんわりと断って、ホズルはシギュンを膝からおろして立ち上がった。
「長居してすまん・・・クレオ・サーブラフ嬢にも謝っておいてくれ」
「ええ」
闇夜から浮かび上がるように、グラムがシギュンの部屋の中へと飛んで来る。ちょうどいいとばかりに、先ほど外したホズルの飾りを入れた巾着を銜えさせると、シギュンはドアを開けてグラムを飛ばした。
「グラムってこういう時本当に便利ね」
「おいおい、シギュン」
「大丈夫よ、ご主人様が疲れてるんだもの。グラムもそれくらいするわ」
ドアから一歩でようとするシギュンを、ホズルが肩を押さえて止めた。大理石の床はすっかり冷たい。裸足で、しかも薄いネグリジェのシギュンにはつらいだろう。そう思っての行動だったけれど、笑ったシギュンはやんわりその手を押し返した。廊下が暗いため、ドアは開けたままだが、完全に部屋の外へでてしまう。シギュンが自分の言う事をきいたためしは無い。諦めて笑うと、ホズルはシギュンを抱きしめた。
「お休み、シギュン」
「おやすみなさい、ホズル」
身長差のある二人では、ホズルはいつもかがまなくてはならない。けれどそんな事など何の苦でも無いかの様に、ホズルはシギュンの両頬を包んで背をかがめた。やんわりと唇を重ねる。首に腕をまわしたシギュンが、さわ、とホズルの耳を撫ぜた。この王城で生まれ育ったホズルはもちろんの事、シギュンも王妃となってからの四年で、周囲の視線にさらされる事には慣れてしまった。しかも見張りや警備の彼らは有事の際には俊敏な動きを見せるけれども、そうでない時はまるで銅像の様に動かない。話しかけられるまでは聞かざる見ざる言わざるの体でただ佇んでくれるので、彼らの視線は気にならない。ゆっくりと唇を離すと、ホズルは名残惜しげにシギュンの頬をなでた。
「・・・シギュン、よい夢を」
「貴方も、ホズル。今晩はちゃんと寝てね」
「ああ」
音を立てないようにして廊下を進む夫を、シギュンは見えなくなるまで見送った。



部屋に戻ったシギュンは、もはや寝そべりながら本を読めるような時間でない事に気付くと、いつの間にかカーテンを開けて座っていたクレオに笑いかけた。
「もう寝ましょうか」
「は、はい!」
クレオがドアのそばの石英に手をかざし、部屋の明かりを消す。月と星明かりに淡く照らされた部屋の中を、シギュンは本をよけながら歩いた。ベッドに身を滑りこませる。
「・・・・そういえば、クレオ・・・あなた、さっき何か言いかけてなかった」
「へ?」
「私って、の後」
「・・・ああ、あれは・・なんでもないです」
「そう?」
「はい」
(馬鹿だなぁ、私)
あんなのを見て、シギュンが実はライガット・アローを好きなのではないかなど。
(シギュンさんはちゃんと、クリシュナ王を想っている・・・)
「・・・・いいなぁ」
「え?」
ぽつりとこぼれた呟きを拾って、シギュンは閉じていた目を開いた。淡い光の中で、シギュンはクレオには信じられない程に美しい。けれどさっきホズルといた時に見せた、大人の女性でありながらほんの少し少女っぽさを残した表情は、可愛らしくてあどけなくて、クレオはそれにもため息をもらしたのだ。静かに抱き合う二人をじっと見つめて、純粋にうらやましいと感じたのだ。十二歳にして戦場にたつ事を許された自分を誇らしく思うけれども、やはり恋は諦められそうにない。いつか素敵な人と出会って、結ばれる。そんな未来への理想が、さっきまさに目前で繰り広げられていた気がした。
「・・・わたし、クリシュナ王とシギュンさんみたいな関係を作れる人と、恋をしたいです」
シギュンが静かに息をのんだ。少し顔が赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか?
「・・・できるわ。貴女はまだ十二歳で、女の子だもの。まだまだ未来はあるの」
「はい。・・・・・おやすみなさい、シギュンさん」
「おやすみ、クレオ」
シギュンの華奢な手のひらに髪を撫で付けられ、クレオは眠った。



ライガットはちゃんと知っている

2011年9月27日