グッナイドルチェ



「―――サヤ?」
「・・・ハジ」
テラスの端に座り込んで、柵の間から城下を見ていたサヤは、ふと後ろから聞こえたテノールに顔を上げた。 振り向けば、正装に身を包んだハジが立っている。 コツコツと音を立てながら近寄ってくるのを感じて、サヤは再び城下を見た。 父であるジョエルが招待客たちと談笑している。 ふわり、と愛用している自分の香水の香りと共に肩から背中にかけて柔らかい温かみを感じて、 サヤはそれがすぐにハジが自分にかけたショールだということに気づいた。 その瞬間に自分の体が酷く冷え切っていたことに気づいて、ふるり、とサヤは身震いをした。 それに気づいたハジがゆっくりと跪いてサヤと視線を合わし、身体を倒す。 サヤの膝裏と背中に腕を回し、力を入れて持ち上げ、立ち上がった。
冷えている廊下を歩き、奥の見晴らしのいい場所にあるサヤの部屋へとたどり着く。 すでに寝巻きに着替えていたサヤをキングサイズのベッドにおろし、シーツをめくる。 枕の形を整えてからサヤの方を振り向くと、サヤは窓の方を向いていてハジには気づかない。
「・・・サヤ」
「・・・お父様のばか」
「サヤ・・・」
ベッドの真ん中に座り込んでいたサヤを抱き上げ、シーツの中に滑り込ませる。 頭の下のベストポジションに枕が来るように位置を調整して、シーツをサヤの首まで引き上げる。 終わってからそっと離れようとしたハジのすそを掴み、引き止めた。
「・・・ハジ」
「サヤ、」
「ハジはどこにもいかないで。・・・ジョエルはひどいの。今年は一緒にいてくれるって、約束してくれたくせに」
拗ねたように口元をシーツで隠すサヤがどうしようもなく可愛く見えて、ハジはそっと微笑んだ。 未だ掴まれたままのすそから手をそっとはなし、指先に一つずつキスを送り、 最後に手の甲にキスを一つ落としてからシーツにおさめる。 サヤの部屋の隅においてある、今ではもうハジが弾くことのほうが多くなってしまったチェロのケースを手に取る。 ぱちん、ぱちん、と金具をはずしながらケースを空け、チェロを取り出す。 Aの音からあわせ、残りの弦を和音で軽く合わせながら調整すると、 ハジはベッドから視線がきているのを感じながらも椅子に腰掛けた。 自分の身体に寄りかかるようにチェロを立てかける。
「・・・ハジ」
「はい」
「・・・弾いて。うんと明るいやつがいいわ」
「明るい曲・・・ですか?」
「うん。ああでも、夜には合わないかしら」
請うようにハジを見つめるサヤの視線の意図に気づいて、ハジは構えを説いて椅子を片手でベッドの脇まで運んだ。 再び腰掛け、チェロを構える。
「ではサヤ、ノクターンはいかがですか」
「・・・お願いするわ」
「はい」
静かに弓と指を弦に滑らせながら、ハジは軽く息を吐いてから弓を持つ右手に力を込めた。 ゆるりと始まる旋律に身体をゆらし、メロディに乗せるように腕を動かす。 静かな夜想曲を聴きながら、サヤはハジを見た。ハジもまた、弾きながらサヤを見る。
「ハジ、また年が変わったのよ」
「はい」
「もう少ししたらまた春になるわ。ハジの誕生日ね。」
「・・・はい」
ハジに誕生日は存在しなかった。 だからその事実を聞いたとき、サヤはハジの誕生日を二人が始めてであった日にした。
「ジョエルったらひどいの。 今まではずっと一緒にいてくれたくせに、ハジがきてからはずっと私をほったらかすのよ・・・」
だからさっき、テラスから日付が変わっても談笑を続けるジョエルを見ていたのだ。 自分が寝るのを見ていてくれるといってくれたくせに。
「ハジ」
「はい、サヤ」
「ん」
サヤがもぞもぞとシーツから腕を伸ばし、ハジの方へのばした。 チェロを横に倒して床に置き、椅子から立ち上がってベッドの端に腰掛ける。 請われるままに上体を倒せば、サヤが腕をハジの首に絡めた。
「ハジ」
「・・・はい、サヤ」
「ハジだけは、ずっとそばにいてね」
「はい」
「私のために弾いて、ハジ」
「もちろんです、サヤ。・・・私はいつだって、貴方のためだけに弾いているのですから」
「すてき・・・ね。・・ね、ハジ・・・」
「はい」
「あしたの・・・モーニング・・ティーは、・・・」
「はい、サヤ。かしこまりました」
「ハジ・・・おやすみ、」
「おやすみなさい、サヤ」
そしてゆっくりと、唇をサヤのそれと重ねて離れた。



二人はらぶらぶ。

2009年1月1日