神への反逆 1



明かりも無く、闇夜ばかりで暗かったあの夜のことを、リナリーは今でも鮮明に覚えている。

その日はなぜかざわりと胸騒ぎがした。必死に目を閉じるのに眠れなくて、リナリーは仕方なしに枕を持って、隣の神田の部屋に向かった。子供同士、という配慮の元で隣接された二つの部屋は、他のエクソシストたちとは違う棟にすえられている。
既に短針は日付を越えており、自分の図々しさにリナリーは泣きそうになりながら、ノックをしようと手を伸ばし、引っ込め、伸ばすという行為を幾度と無く繰り返した。それを五回ほどやったところでかちゃりと静かな音を立ててドアが開き、視線を上げると然程目線の変わらない神田と目が合う。眠そうな彼に泣きそうになり、謝ろうと口を開いたところで強引に枕を持っていないほうの手を引っ張られた。パタンと音のする頃には神田はすっかり広いベッドの上に横になっていて、けれど壁際はリナリーが入っても余りあるほどのスペースが開いていた。
そのことに嬉しくなり、リナリーはスプリングの利きすぎたベッドに乗り上げ、そして静かにブランケットの中に身を滑り込ませた。神田は必ず壁際にスペースを開け、万が一ベッドから落ちることがあってもそれがリナリーにならないようにしている。さりげない優しさはいつだってリナリーの心を浮き上がらせて、リナリーは壁ではなく神田の方を向いて寝た。
けれどしばらくすればその安堵感も段々と消えうせて、何時もとは違うその事実にリナリーの背中にぞわりと悪寒が走った。焦り、苛立ち、涙がでかかったところで神田の服の裾を握る。彼が寝ていることはもうわかっていたけれど、リナリーはどうしようもなく寂しくて、彼の背中に額をこすりつけた。
「・・・・ぉい・・」
寝起きだから、掠れた高めの声がかかる。びっくりして目をあけると、呆れた表情で神田がリナリーを見ていた。
「お前、一緒にねてやってんのにまだこわいのかよ」
「・・・・・・・・・・・・・だって・・・」
視線を彷徨わせて俯くと、目の前の神田の身体が反転する。向き合うような形で横になった神田に、話を聞いてくれるのだと理解して、リナリーは秘密話をするようにブランケットを引き上げた。ぴったりと、鼻がくっつきそうなほどに近づく。
「あの、ね」
「ん」
「・・・・・・・・なんだか、いやなかんじがするの。むなさぎがして、ざわざわして・・・神田のところに来たらなおるかとおもったのに、全ぜんだめで・・・」
ごめんね、と涙を溜めていうと、神田は一つ溜息をこぼしてからぐいとブランケットで涙を拭い、そして強引にリナリーの背に腕を回した。
「ねろ。俺はどこにも行かねぇよ」
「ほんと・・?」
「そういってんだろ」
じわりと胸に暖かいものが広がり、リナリーは嬉しくなって神田の薄い胸に顔を埋めた。小さな手を精一杯背中に回して抱きつく。ぽんぽんとリズムを伴って背中を叩く手は優しくて、たった三つしか変わらないのに、と思いながらも襲ってくる睡魔にリナリーは抗うことをやめた。


目覚めたとき、神田は居なかった。



ユウ?ねぇユウ、どこにいったの。お水のみにいっただけでしょ・・・?

2011年8月2日 (2010年9月5日初出)