Because 3



エドワードはハボックと同じく、東部の田舎出身だった。同じ東部と言っても、エドワードは南よりで、ハボックは北よりだが、それでも同じ地方出身というのは話に花を咲かせやすい物だ。アメストリスの国民は特にその特徴が顕著だ。
エドワードはアメストリス・セントラル音楽院に在籍する二年生だという。せいぜいハイスクールに入ったばかりの16くらいとあたりをつけていたハボックは、19だと聞いて驚き、そして同時に納得もした。確かに外見は幼いけれど、子供っぽくはない。何より大人の女へと近づいて行っている、大人にも子供にもない色気がある。
専攻はピアノと作曲のダブルメジャー。他にギターも弾けるそうだが、ギターが得意なのはむしろ弟で、彼女自身はギターはかじった程度だという。その弟は現在セントラル大学病院に通っている一年生で、年子らしい。寮暮らしであるためまとまった休みにならないと会えないが、自慢の弟だというエドワードは幸せそうだ。
「好きなんだな、弟」
「もうだいっすき!自慢の弟だぜ、頭はいいし優しい背は高いしイケメンだし、アルを良い男だって言わない女には会ったことがないね」
「へぇ」
ハボックはここ最近しょっちゅうあのバーに通っている。夕飯を食べ終えた夜七時くらいにバーにより、一時間ほどエドと話してからステージに向かう彼女を見送る。八時から二時まで弾いているといっても、六時間ぶっとおしやっているわけじゃない。数曲弾いては休み、また数曲弾いて休む。そんなゆったりとしたペースがこのバーでは受け入れられていて、だからここの客は皆穏やかに歓談に興じているのだろうと理解ができる。
エドワードは聡明だ。何度か話していてハボックは確信した。ホステスの様な上手い話運びとかではなく、ハボックの話す話題への相槌の部分や、話を中段させてまで挟み込んでくる話題等、タイミングも内容も秀逸だ。ハボックがエドワードが聡明ではなく、天才的な頭脳の持ち主だと気付いたのは自分の上司の話をした時だった。おもしろおかしく上司の失敗とそれに対する敏腕副官の制裁を語り、エドワードが笑ったその後。
「なぁ、その大佐さん何て名前」
「んぁ?あぁ、マスタング大佐っつーんだけど、これがまた・・・ってエド?」
「・・・マスタング大佐って、あの?ロイ・マスタング?焔の錬金術師の?」
「そうそう、知ってんだ?」
「当たり前じゃん!」
慌てたようにエドワードはテーブルの上のナプキンをとり、ハボックの胸元のペンを抜き取ると、おもむろにロイの錬成陣を描きだした。それに目を見開いたハボックは、思わず火のつきかけた煙草を落としそうになった。
「んーと、見えないからどんなかもわかんないんだけど、噂で聞いた感じだと、手袋つけて指ならすんだよね?てーことは多分発火布でできた手袋を使用してて、それに錬成陣が描いてあるんじゃないかな?多分・・・・こんな感じの。指をならすって事は摩擦を作ってるって事だから、そこから散る火花を錬成陣で底上げしてんのかなー?それともわざわざ手袋に書くってことは、指をならした瞬間に空気中の酸素濃度とかを錬成してんのかな。でもそれって凄い時間かかる作業なはずなのに、指一本でそれができちゃうってのは凄いよなぁ。さすが国家錬金術師・・・って、ジャン?」
「・・・おお」
「・・・・・・あ。ご、めん。話つまんなかった?」
そんなことはない。そんな事はなかった、が。
「エド、お前錬金術が使えるのか・・・?」
ハボックの問いかけに、エドはあっけらかんと言い放った。
「ああ、うん。俺の父親が国家錬金術師なんだよね。といってももう年で、マイペースに研究してるだけなんだけどさ」
「マジかよ!」
「・・・あいつの事を軍人に話すのは、嫌いだ。」
そうハボックを見据えたエドを見て、ハボックは様々な事に気付いた。気にしていないというし、実際そうなのだろうが、目が見えない事でいわれた事はあるはずだ。殆ど生まれつきらしいので、なんで自分だけというような理不尽さへの怒り等は特にないようだが、いい気分であるはうがない。もしかしたら父親についていって軍にも赴いた事もあるのかもしれなかった。その時にイヤな事を言われたのかもしれないし、親の七光りの様な事も言われたのかもしれない。
「あー・・・悪い。でもまぁ、俺は所詮肉体労働中心の軍人だから、錬金術はわかんねぇし」
「・・・そっか。うん、そうだな。ジャンは良いやつだもん」
「はは、サンキュ。でもこの錬成陣・・・ちょっと複雑じゃねぇか?大佐のはもっとこう・・・シンプルだぜ」
「え、そうなの?でも威力は凄いんだよね?」
「ああ、パチンで街が吹っ飛ぶぜ」
「ふぅん・・・・どうやって簡略化してるんだろ・・・・なぁ、特徴とかってわかる?」
「特徴?あー・・・そう、だな・・・あ、トカゲみたいな絵が書いてある」
「トカゲ?・・・サラマンダーか!あーそっか、そういう手があるのか・・・」
とまたぶつぶつと一人の世界に入って行くエドを笑って押しとどめて、ハボックは髪を撫でた。
「おぉい、1人の世界に入るなー」
「・・・っと、ごめん」
「いーけど。そいや、エドって歌も歌うんだな。専攻違うだろ?」
「うん、副専攻は理論と教育やってる・・・母さんが声楽家でさ、小さい時からちょこっと教えてもらってたんだ。専門じゃないからそんな上手くはないんだけど」
「俺は好きだぜ、お前の声」
「ありがと。ジャンも良い声してるよ」
「そ、そうか?」
「うん、低くて滑らかで、低音がきいてる。音楽の道進んでたらいいテノール歌手になったんじゃない?」
「はは、そうかねぇ・・・俺が歌手・・・」
「あはは!・・・っと、そろそろまた弾きにいこうかな」
「おお、行ってこい」
「何かリクエストは?お客様」
腰に手をあておどけるエドワードは、可愛い。いつの間にかひどく大切にしたいと思う存在になっていた事に、暖かい安心感みたいなものが胸に芽生えて、ハボックは知らず柔らかく笑った。
「じゃあ、お前のオリジナル曲」



一曲弾き終わるたびに、俺の方向に笑いかけるお前がひどく愛しい

2011年7月14日