その夜、ハボックは強引にエドワードに部屋に押し込まれた。まだ少し酔いが残っていたので、上手い事かわす事も出来なかった。
シャワー室に押し込められ、観念して暖かく気持のいいお湯を浴びて出ると、脱衣所にタオルと着替えが置かれていた。ハボックのサイズに丁度いいパジャマだったので、弟のだろう。上下きちんと揃っているのはなんでだろう、後で聞いてみよう。着替えて髪を拭き、部屋を戻れば、エドワードが丁度ベッドメイキングを終えて部屋を出る所だった。なるほどベッドはでかい。前までハボックが使っていたのは店で一番大きいサイズだったのにも関わらず、ハボックは足がはみ出ていた。聞けば父親が息子にと錬成したものらしい。父親も相当な長身のようだった。
さっさと寝て。そう言われるがままにシーツに身を滑らせ、布団にくるまる。ベッドサイドのライトを落とせば部屋の中は心地よい真っ暗闇で、カーテンからかすかに透ける月明かりが穏やかだった。いつもなら聴こえてくる筈の夜の喧噪も、ここでは風の音だけだった。

ハボックはかなり久しぶりな、心地よいだるさとまどろみの中、意識を奥深くに鎮めた。



Because 6



軍人の習性で早く、それでもいつもより充分すぎる程の睡眠を貪った後、ハボックは妙にすっきりとした頭と軽い体で扉を開けた。着替えの場所が分からなかったのでパジャマのまま出てきてしまったが、ドアの音で気付いたのだろう、キッチンに立っていたエドが振り向かずに声をかけた。
「あ、おはよう」
「・・・・・はよー」
「はは、寝ぼけてんの?顔洗ってきたら。朝メシできるし」
「・・・・おー。」
言われるままに再び洗面所へと戻り、顔を洗った。自分の家じゃ有り得ないフカフカのタオルに顔を埋めると、洗剤の爽やかな香りまで漂ってくる。そんな気持のいい感触の物を手放すわけはなく、そのまま居間へと戻れば、そこはまるで楽園だった。
遮光性の高いドレープ状のカーテンは開けられ、レースの薄いカーテンが風に漂っている。太陽光が柔らかく、けれども充分すぎる程に部屋を明るく照らし、隙間から揺れる緑が見える。四人掛けの丸いダイニングテーブルの上には既にサラダとオムレツ、バゲットに暖かいスープとベーコン。美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。取り分ける為の皿を用意していたエドワードがハボックを呼んだ。
「ジャン、こっち座って」
「・・・・おお・・・」
素直に腰掛けると、エドワードは白く大きな皿をにゅっと差し出し、ハボックの座っている部分のテーブルのふちに皿のふちをそっと触らせる。コツンと音がしたのを聞いてそれを滑らし、見事ハボックの丁度目の前に皿を置いた。
「軍人だから多分物すんごい量食べんだろうけどさ、基準がわかんなかったから。足りるようにスープは大鍋一杯に作ったけど、他はこれだけ。足りそう?」
「お、おお。大丈夫。悪いな」
「いーよ。料理好きだし」
そういいながらレーデルを手に取り、ハボックと自分のさらにスープをついだ。
「なんつか、やけどしねーんだなぁ」
「使い慣れた鍋だからね。フライも揚げられるよ」
「うっそ。どうやって」
「油の音」
グラスにピッチャーから水を注ぐ。それをハボックの前におくと、エドワードはやっと座った。くすくすとおかしそうに笑う。
「ほかにご質問は?」
「・・・どーやってグラスにいい感じの量を注いでんの?」
「手に伝わる温度でわかるよ」
スープをすくって飲む。盲目な彼女が作っただなんて言われなければ到底わからないほど、暖かくておいしかった。
「指とかきらねぇ?」
「ジャンは質問ばっかりだなぁ」
ふふふとわらいながら、エドワードはスープを飲み干した。ふとその皿にのっかている、どれも申し訳程度の量の料理を見て、ハボックは目を瞬かせた。
「お前くわねーの?」
「作ってるとき味見してたらおなかいっぱいになっちゃった。それに、朝はあんまり食べないんだ。アルが帰ってくるときは食べるけど、作ったりはしないなぁ」
「へー、弟が?」
「ううん、俺もアルも朝からあんまり食えないの。でもアルは健康志向だから三食きっちり食べる派で、だから二人で朝から散歩にいって、数ブロック先のカフェでモーニング食べるんだよ」
「へぇ」
そう言っているうちにエドはすべて食べきってしまい、ごちそうさまといって食器を下げてしまった。カチャカチャと手際よく洗っていく姿はひどく家庭的で、まるで幼い日の母を思い起こさせた。そして目をとじたままの彼女に、密かな疑問を覚える。
「なぁ、お前けっこう瞬きとかしてるのな」
「そりゃあちょっとはね。俺は一応全盲じゃないから光の明暗はわかるし、最初にも言ったけど指一本くらいの狭い視界ならあるから。といってもまぁものすごい乱視で見えたもんじゃないんだけど。でも閉じてる方がらくだよ」
「目、あけてるのって体力使うのか」
「どうかな?普通の人はわかんないけど。開けても閉じても見えないんだったら、まぁ閉じてる方が楽かも」
「ふーん・・・」
「ねぇ、ジャン」
ひょっこりとキッチンから顔をのぞかせたエドが、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
「ん?」
「こっから、そこのピアノまで。目ぇ閉じて、歩ける?」
できないだろ、ふふふ。そんな副音声が聞こえてきて、ハボックはわざとらしくむっとしてみせた。
「んだよ。できるに決まってんだろ」
エドの隣にたち、まっすぐピアノを見据える。距離を目測ではかると、ハボックは目を閉じて一歩踏み出した。が、ここだと思う前にピアノにぶつかる。
「おぅわ!」
「あっははははは!」
ごちんという音を聞き笑いだしたエドが、きゃらきゃらと腹を押さえている。
「こーするんだよ!」
そういいながらエドは目を閉じ、まっすぐぶれる事なく歩いてみせた。まるでそこにあるのが見えているかの様に、ぴたりとその手のひらをピアノにおいた。
「・・・ね」
「すげーなぁ」
しみじみと感心していると、エドはすとんといすに座り、手慣れた手つきでピアノのふたをあけた。カバーをよけ、コードを鳴らす。すぅと息を吸って流れ出した曲を聴きながら、ハボックは目を閉じた。しばらくして朝食を食べ終えてない事に気付いて、テーブルに戻る。ハボックの席はピアノをひくエドを見るのにはぴったりと場所で、最初エドが迷う事なくここにハボックを案内した事から、きっとここはいつも弟の特等席なのだろうと思う。
「それ、オリジナルか」
「うん」
「タイトルはなんてーの?」
「Sunday Morning」
暖かい、まどろみたくなるような日差しを感じさせる曲だ。くるくるとメロディーがかわるところもエドワードらしい。



「ねぇ、ジャン?」
「ん」
「いっつも仕事、おつかれさま」
そういってエドは、最後の一音をならした。



結局その日は、ぴったりと家を見つける事ができなかった(だって)

2011年9月2日