黒尾聖誕祭2014



 彼が生まれたのは秋も最中で、冬が近く、そろそろ吐く息も白く、かじかむ指をこすり合わせる人が少しずつ多くなる、そんな日だ。彼が生まれた年の日はいっとう寒かった。


「寒い、やべえ、寒い。研磨、こたつのあげてくれよ」
「自分でやりなよ」
「だってそれ、研磨のが近いじゃん」
 こたつの中で小突かれた足に動かされて、研磨は画面から目を話さずに右手をちょいちょいとさまよわせた。一瞬だけ目盛りに目をやって、温度を2から4にあげる。黒尾にめざとく「5にしろ」と言われて、ため息とともに数字をもうひとつだけ上げた。
「まだ?」
「もうちょい。あ、できた」
 ピーッ、と小さな連続音を耳にして、黒尾は先程までの震えが嘘かの様にいそいそとこたつを抜け出した。コンロのグリルをそっと開けて、子供のような歓声をあげるのを、電子音楽のすみで研磨は聞いた。どうやら、うまく焼けたらしかった。大学生になって、実家で使っていたような七輪はもう使えなくなってから、黒尾は毎回、グリルの前でうろうろしては魚の焼け具合を確かめる。ここ最近、両手で数えられないくらいには魚を焼いて、ようやく、タイマーがなるまでは他の事ができるようになった。
「よし、さんまできた」
 長方形の皿をふたつ、嬉しそうに掲げもって、黒尾はこたつに戻ってきた。研磨のまえにそれを置いて、自分のに手を付ける前に、お玉を手に取る。こたつの真ん中でぐつぐつやっていた鍋のふたをあけて、中身を研磨によそってやり、研磨がようやくゲームをセーブして起き上がったのをみとめてから、静かに手を合わせた。
「いただきます」
「いただきます」
 さんまの頭をおさえて、しっぽから骨を抜き取る。上手いものだ。こればかりは黒尾以上にできるひとを、研磨は知らない。一口二口、美味しそうに食べてようやく、黒尾は自分の皿にも鍋の中身をよそった。特別な冬の日、さんまの塩焼きと水炊きを食べるのは黒尾と研磨のなんとなくの伝統だ。向かい合ってこたつで食べていたのが、ここ数年は、もう一人加わる様になっていたのだけれど、今年は二人だけにもどった。
「……なんか、静かだね」
 研磨が、ぽつりとそう零したのは、そう珍しいことでもないが、そう多くもないことだった。黒尾も、研磨も、食事中はあまり喋らない。おしゃべりの気のある黒尾も、食事中はあまり口を開かない。だから二人の間の沈黙というのは、居心地の悪いものではないのだが、研磨がわざわざそんな事をいった理由を、黒尾はきちんと理解している。
「いっつもうるさいもんな、あいつ」
「しょげてたんじゃない?」
「行く寸前までごねてたよ。しまいには泣きそうになっててさ。俺のほうが慌てたわ。いや何泣きそうにまでなってんのよって」
 バラエティ番組でもついているんじゃないかというくらい、話題の提供にに事欠かない男が今年はいないのだ。別に、毎年毎年、一緒に祝っていた訳でもないので、いくばくかの寂しさはあっても、違和感はそんなに無い。むしろ研磨が真向かいで鼻をすすりながら鍋を食べていない風景の方が、黒尾にはおかしく思える。
「まあでも、明日の朝、帰ってくるし。いいよ、別に。つーか、今だってべつに、あとちょっとあるし」
「毎年思うんだけど、なんでこの日だけはこんな日にちぎりぎりでご飯食べるのさ。おれ、あと三時間は眠れなくなった」
「今更だろ」
「そうだけど」
 一人用の小さな鍋だ。それを二人でわけあって、さんまを一尾ずつ食べきって、ごろごろして、日付が変わって、黒尾の携帯がけたたましくなりだす頃に、研磨がぼそりと呟く。

「誕生日おめでと、クロ」
「さんきゅー、研磨」
「プレゼント、欲しい?」
「んー、別に」
「じゃあ、いい」
「なあ、アップルパイ食べる?」
「食べる」
「なんか、合同誕生会みたいだよなぁ」
「今更でしょ」
「そうだけど」

 クロまた、ひとつ俺より大人になった。
「……誕生日おめでと」
「またかよ、おう、ありがと」
 



今年も黒尾くんが好きすぎてつらい。お誕生日おめでとう。私だけが楽しい雰囲気小説...。

2015年1月26日(初出:2014年11月17日)