パンの上にスライスしたトマトと、焼いたベーコンに、マヨネーズでふんわり作ったスクランブルエッグ、てっぺんに塩こしょうをまあ、気持ち程度。それをオーブントースターにぶち込んで、2分かそこら。カウンターに背中をあずけながら、出来上がったそれを立ったまま食べてしまう。行儀が悪いのは、ひとりだから気にしない。
 インスタントのカフェオレで流し込んで、エスプレッソマシンでカプチーノを作る。学生には手がでないスタイリッシュなそれは、木兎が去年ビンゴ大会で当ててきたもので、黒尾はあの時ほど木兎を頼もしく思ったことはない、そんな気がするほど、気に入っている。出来たそれを片手に、買ったまま放置していた板チョコをパッケージごと咥えて、ダイニングに放置していた小説をもう片手でつかむ。
 黒尾は寝室のドアの隙間に足をねじ込んで開けると、片側がこんもりと山をつくって上下しているベッドに近づいた。サイドチェストの上にもってきた物を全部のせて、窓をあけて風を取り込む。ベッドボードを背にベッドに座り込み、足をブランケットに突っ込むと、黒尾は板チョコを口で割った。ちょっといいところの、70%カカオチョコ。それをカプチーノで溶かしながら、黒尾は指でしおりの挟んであるページを割りひらく。今日は、何ページ進めるだろう。




黒尾鉄朗、個人の朝



 恋人の木兎は、土日祝日というものに並々ならぬこだわりがある。彼は平日の間はなかなかに(ああ見えて)ストイックな男で、たとえ授業が10時からだろうが午後に一時間しかなかろうが、毎朝きっちり、早朝に起きてみせるのだが、これが土日になると、黒尾が呆れるほど眠り続ける。いったい体内時計はどこへいったのか、昼近くまで寝続けるし、今日はトクベツといって運動もベッドの上でのストレッチにとどめる。さすがに身体がうずくといって散歩には繰りだすが、それだって近所へのお散歩レベルで、身体を温めるランニングなどでは決して無い。

 毎日、起床時間がそう変わらない黒尾は、土日と、たまにある祝日にだけ、木兎よりもはやく起きる。てきとうに朝食をほおばって(木兎がもう少しはやく起きられるのなら、少しくらい待っててやってもいいのだが)、彼が一緒にいるときはできない事をする。それはそう、たとえば、朝日の差し込む部屋のベッドで、彼のかすかな寝息をBGMにする読書だとか。

 ふたりで暮らす部屋を探していた時、このベッドルームを見て木兎がひとこと「ここに決めた」と呟いたのにひとつ返事で頷いたのは、正解だったと思う。この真っ白で、朝日輝かんばかりの部屋は、彼に朝を好きにさせた。

「……んん、」
 黒尾は、音をたてないように部屋を行き来したりだとか、寝室のドアを閉めておくだとか、そういう気遣いはしていない。なのに木兎は、キッチンからただようベーコンの香りだとか、キャラメル色にいためたたまねぎの匂いには気付かないくせに、黒尾がとなりで読書のかたわらコーヒーとチョコをちびちびやっている、本当にほんのりとした香りでゆっくりゆっくり目覚めるのだ。もぞもぞと寝返りをうって腰に腕をまわしてくる男の月色の髪を、まぜっ返してやるのが黒尾は好きだ。本人には言わないけれど、愛おしくてたまらなくなる。その頃にはたいてい、カプチーノも一口分しか残っていなくて、黒尾はそれを一気にあおると、木兎に覆い被さってキスをしてやる。エスプレッソの味の残る唇に木兎はきまって眉間をわななかせて、ようやく眠たげな目を開くのだ。
「……くろぉー、おはよ……」
「はよ」
 目をぎゅうぎゅうする木兎がすきだ。彼の眉間にひたいをぐりぐりするのも好きだ。覚醒しきってない彼に、かけねない愛情を示すのが好きだ。口元がみるみるうちに緩んでいく彼の顔をみると、どうしようもなく幸せな気持ちになる。
「朝飯、なに食う?」
「ん〜〜、お前はなに食ったの?」
「てきとう」
「じゃあ俺もそれ」
 しんなりしている髪をかきあげて、ひたいにチュッとしてやるのが、照れくさくて、嬉しい。そんな事を一通りして、ようやく、黒尾は毎回毎回、おなじみの呟きをもらす。
「あ〜あ、またしおり挟むのわすれた」



この黒尾さんはぜってー木兎くんの為に休日のモーニングコンサート開いてくれる

2014年11月14日