ピンポーン。
軽快なチャイムの音に顔を上げたアルトは、モニターでそれがランカであることを確認してからドアを開けた。
開いたドアの隙間からランカがひょっこりと顔を出し、ひらひらと手を振ってくる。
「アールト君。おはよう!」
「おはよう、ランカ。上がれよ」
「あ、ううん!今日はそうじゃないの」
ぶんぶんと顔の前で両手をふり、ランカは玄関先で立ち止まった。
それを不思議そうな顔で見たアルトはしかし、次の瞬間、ランカを家に入れた事を後悔することになる。
「あのね、アルト君。」
「今からうちで、ヤミナベしない?」
ちょっとちょっと!
―――駄目だった。アルトには、駄目だった。
いくら彼氏といえども、アルトはこの状態になったランカを止めることなどできなかった。
シェリルさんも来るんだよー!とうきうきしながら嫌がっているアルトに気づきもせず、
そのてを引っ張って町に出てから数分。
なんとか説得を試みようと思ったアルトだったが、失敗に終わったそれは物の数分で効力をなくした。
というのも、ランカが段々と不機嫌になり始めたのだ。
何よもう、アルト君は皆でお鍋、したくないの?私は楽しみにしてたのに・・・、と。
涙までためられてはランカには総じて弱いアルトに勝ち目などあるわけがない。
それでも本当に闇鍋をするのか?ていうか、闇鍋が何か知っているのか?
「え?知ってるよ。暗い中でお鍋するんだよね。火がちょっと危ないかなぁとも思うけど、
最新式のIHコンロ使えば問題ないし・・・」
いや違うんだランカ、そうじゃない!俺が言ってるのは具の問題なんだ!聞けば、ミシェルも来るという。
あの男が闇鍋を知らないわけがない。
ちゃんと汚いブーツだとかチョコレートだとかいもりだとか、
そういう材料を用意して持ってくるに違いないんだ・・・!
もんもんしてる間にも、アルトはランカの家についてしまった。
階段の前にはサングラスと帽子で顔を隠したシェリルが座り込んで待っている。
「ランカちゃん!」
「シェリルさん!こんにちわ!」
「こんにちわ。で?なんでこのバカはこんな顔してるの?」
「へっ?・・・大丈夫?アルトくん・・・」
後ろからランカを抱きしめたシェリルは、そのままアルトに向かって指を刺してきた。
それに加え繋いだままだったアルトとランカの手を(というか、アルトの手を)ふりはらって、
空いたランカの手を自分で握っているのだから、むかつく。
それにも気づかず心配そうにアルトを見上げてくるランカの、可愛いこと。
ああもう、いっそのこと諦めてしまいたい。
「・・・シェリル」
「なぁに?」
「・・・お前、闇鍋がなんなのか知ってるのかよ」
「もちろん!私を誰だと思ってるの?シェリル・ノームよ!」
「はいはい。で?」
「失礼ねぇ。暗い中でお鍋するだけでしょ?闇ってつくぐらいだし。」
・・・・・こいつも、知らなかった。
それもそうか。シェリルはギャラクシーのスラムで生まれ育ったとは言え、「闇鍋」というものの定義を知らない。
しかも拾われてからはいいものばかり食べてきたのだから、知らないのも無理はない。
ランカもそうだ。兄オズマに溺愛され、蝶よ花よと育てられたのだ。
きっと「闇鍋ってなーに?」なんて質問をしても、めぼしい答えなど得られなかったのだろう。
それに加え、いまや実の兄でもあるブレラが加わっている。
溺愛×2、ランカにふさわしくないことなど、シャットアウトしてやるー!
という毎日なのだろう・・・・気づこうと気づきまいと。
数分して集まり始めた一同の中に、ミシェルことミハエルは居た。
にやにやとアルトに向かって笑いながら、こっそりと紙袋を見せ付けている。
お前、それでも女を口説くことを命としている紳士か―――と罵りたくなる。
リー家のテーブルにコンロを置き、ランカがいたって普通の材料を入れ、電気を落とす。
皆がわくわくとコンロから覗く火を眺めている中、ミシェルの眼鏡がきらりと光った。
ぎくりとしたのもつかの間、誰も気づかないようにそっとチョコレートらしきものをミシェルが滑り込ませたのを見て、
アルトは意識を飛ばした。
―――その後のことは、だれもしらない。