榛名とタカヤはリサジューの図形みたいだ。榛名がプラスの時はタカヤはマイナスで、逆も然りなんだけど、線が交わるときは二人とも酷く穏やかで、実は全部の線が繋がってる。榛名の良い所は、人の良いとこ悪いとこをひっくるめて受け入れるその頭の緩さだよね。良くいえば寛大とか心が広いんだけど、榛名はそういうのとはちょっと違う。タカヤは榛名のそういう所を好きみたいだ。でもタカヤだって、一回本気で受け入れたら何があっても信頼の揺るがない所は凄いと思う。ニシウラの野球部メンバーとか、榛名への気のゆるみ方と他の人たちとの接し方を比較してみたら凄く解る。前に榛名はそんな所が好きだと言っていた。
「たりめーだろ、タカヤはずっと俺と一緒にいてくれたんだぜ」
大学を卒業してプロになって二年、榛名は大人になってようやくシニアのタカヤが頑張っていてくれたのかを理解した。榛名は自分だけが悪いとは思っていない、むしろあの時のあいつはアレで一杯一杯で、それにまだ13、4歳のガキだったんだ。榛名は自分のやれる事を精一杯やっていただけだし、本気と本気のぶつかり合いが融合するかわりに砕け散っていただけなんだ。
「タカヤは未だに俺を見ておびえる、それが凄くむかつく」
むかつくのは自分にだ。榛名が本気で怒っている時、タカヤは瞬時に察知して身を引く。でも八つ当たりとか軽いいらだちとか、からかい混じりのちょっとした睨みとかをあらわにすると、タカヤはとたんに怯えるらしい。
「そういったの?」
「ちっげえよ、言わねえよあいつは、言わねえけど、見てたらわかるもんよ」
だってシニアの時と同じ目ぇしてんだもん。
榛名は本気じゃない感情でタカヤをずっと体も心も傷つけていたんだろう、それは話を聞いていてもわかった。だってシニア時代の榛名はタカヤとバッテリーなんてしていなくて、タカヤは榛名の、タカヤとは全く関係ない所での葛藤やら怒りやら悔しさやらを晴らすために使われていたんだから。榛名はずっとそれを後悔している。お互い一生懸命だったけど、タカヤの一生懸命は榛名に向かっていて、榛名の一生懸命は自分に向けられていたからだ。町田さんとバッテリー組んでものすごい良い経験したといつも笑顔で語る榛名は、その後にタカヤの事を思い出す。接し方は違っただけで、町田さんもタカヤも榛名に本気だった事はちょっと考えれば解ることだから。むしろ榛名を凄く大切に思う気持だけならタカヤは凄く凄く強かった。それを今更ながらに自覚して榛名は前に一回泣いた。
「タカヤともっかい野球したい、無理なんかな」
こんな風に泣き言を言う榛名を俺は初めて見た。
榛名が高校卒業後すぐにプロに行かずに大学に行く事を決めた時、楽しそうにこれから四年間の下積み時代だぜなんて事をいいながらへらへら笑って遠ざかって行く榛名に一回だけ叫んだ事がある。
「お前、お前が今あったりまえのよーに野球してんのはタカヤのおかげなんだぞ!忘れんなよ!タカヤとの事を過去の事にすんなよ!」
「ハァ?何いってんのお前」
この言葉の意味を、榛名はプロになってから思い出して、理解して、全身に浸透して、タカヤに会いに行った。



しあわせだよ。



玄関を開けるとモトキさんがいて、あ・と思うヒマも無く抱き締められた。
「好きだ、タカヤマジで感謝してる、まじでサンキュウ、お前、見とけよずっと、俺は一生野球するぞ、死んでもやるからな、お前にもらったもん全部抱えて野球するから見とけよ、っ、」
風呂に入ってあ〜〜〜〜と声を出す時みたいな気持よさがじゅわって体中に広がって、気付けば俺はしがみつきながら泣いていた。なんで23にもなってこんなガキみたいに泣かなきゃいけないんだ、そう思ったけど、止められなくて、俺の肩も物凄い勢いであったかく濡れていくのに気付いたら止める気も失せた。

その晩狂った様にピアノに没頭した。わざわざチェロケースを開けるのはもどかしかったから。どうやら鍵は開きっぱなしだったようで、気付けば朝で、モトキさんが水の入ったコップを片手にソファに座ってずっと俺を見ていた。目は真っ赤に腫れていた。
「タカヤ、お前すげぇな、イメトレみてぇだな、ボール無しでも野球できる」
この人はほんとに、ふとした拍子に俺を感激させる。
その日からモトキさんは俺が来れなくても、それがどんなに遠くても必ず試合のチケットを送ってくる。俺は来れないとわかっていても出演する演奏会や学内オペラ、定期公演のチケットを送る。お互い会えそうな距離にいたら夕飯を食べて、キスをして、たまーにセックスする。俺達は俺達の間にあった溝を埋めたくて埋めたくて仕方が無い。十年近く海溝みたいに開いてた溝を、セックスは一気に半年分くらい埋めてくれる。俺達はお互いに安心してお互いに寄りかかりたくて仕方がない。早く埋まらないとモトキさんは俺に対する罪悪感が消えない、俺は根っこに残っているモトキさんへの不安がなくならない。
「あのね、俺はたまにモトキさんが野球してるのむかついてしょうがない」
「タカヤ、俺は野球してるときだってずっとお前の事考えてる」
プライベートだけじゃなくてマウンドにも一緒に立たせてくれるんだ、バッターボックスにも立ってるんだ、そう考えたら幸せすぎてもう一生離れたくないと思った。
「タカヤ、タカヤ俺ずっと一生一緒にいたい」
こうやってたまにあんたとシンクロする瞬間がたまらなく幸せだよ。





2011年8月6日