「あっ、あーっ!阿部ちょっそれとってそれそれ!」
「それって何だよ!」
「こしょうこしょう!あ違うそれじゃなくて隣の粗挽き塩こしょう!」
「かっわんねぇよ!」
「かわんだよ!」
「ってか狭いお前コンロ占領すんな」
「えーそんな事言ったって」
「二人ともうるさい。水谷、そこずれればいいだろ」
「あっそっか」
阿部んちのキッチンはL型で、コンロは一番右端にある。水谷は三口コンロの一番右に自分の使っている鍋を移して、そのまま自分の体もずらした。隣では阿部が水谷が使ったのとはまた別のこしょうをチキンに振りかけている。
「あれ。阿部、その野菜生でいいの?」
「あ?あー平気。オーブン入れるから」
調味料をふった生のチキンとその下に敷かれた野菜をオーブンに入れると、とたんに暇になった阿部はシンクの隣で生地を混ぜていた栄口に後ろからべたっと抱きついた。邪魔だし重いよ阿部、という栄口の愚痴にも阿部は興味なさそうに答える。苦笑した栄口がチョコレートチップを混ぜた生地を小指で救って口元に持っていくと、ぱくっと食べて阿部は離れた。
「堪え性がないよね」
「栄口ってすごいよね・・・」
阿部はほんとに味見がしたかっただけなのか。
「スープにチキンに、デザートにチョコレートチップが入ったパウンドケーキ・・・ああ、サラダが無いな。たーじま!」
「はいはーい」
玄関の横におかれていた段ボールを抱えて田島がキッチンへ寄って来る。田島は埼玉の実家に帰ると必ずと言っていいほど阿部の家に大量の野菜をおいていくのだ。どれもいい野菜だから阿部は最初金を払うとずっと言っていたが、田島が受け取らない上に、田島の家族も金なぞよこしたら金輪際送らないぞというようなスタンスなので諦めている。
「サラダにすっと美味いもん出して」
「はいよー」
ぽんぽんとワークトップに出されていく野菜を見ていた阿部が、中華鍋を出した。
「チャーハンでもつくっか」
「お、いいねー」
「田島なんか出して」
「ははっ俺ってばドラえもんじゃねーっつーの!」
「なーコーンスープできたよー」
「おっうまそう!味見さしてー」
「栄口それまだ焼かねーの?」
「食ってる間にやったらちょうどいいでしょ」
「っつか足りねーよ!チキンだろーサラダだろー、スープだろ、チャーハンだろ、なんかもっと作ろうぜ!」
「ちょっと待ってろ」
チャーハンの具材を切っていた阿部がベッドのそばへと行く。それを見ていると、いかに阿部が携帯電話を目覚まし代わり程度にしか考えていないかがわかった。
「・・・あーもしもし?しのーか?・・・おー久しぶりー」
「へぁっ?しのーか!?」
「えっしのーか!?」
「しのーかと電話!?」
阿部の代わりに具材を切っていた水谷を始め、栄口も田島も驚いている。なんでそこで篠岡なのか。
「あーうんそう、今みんなで飯作ってて・・・え、栄口と田島とクソレだよ。うんそう。まだ足りねーからもっとつくっぞって。あー、チキンとサラダとスープとチャーハン。あと栄口がデザートにケーキ焼いてる。・・・はは、そーだな、栄口くらいしかやんねーなそんな事は」
おいコラどういうこと?そんな感じの表情を浮かべる栄口の笑顔は凄味がある。はっきし言って、怖い。
「へぇ、美味そうそれ。ちょっとまって冷蔵庫見るから・・・お、あったあった。金持ちのプロからの貢ぎモンだよ。やー、田島じゃないほう。・・・うん、そんで?おお、おお。わかった。・・・うん?まだあんの?」
電話しながら冷蔵庫から出した食材は、ミニトマトにモッツァレラチーズ。それとパセリ。
「イタリアンかね」
「うわっ想像しただけで美味そう」
「あー、ああーいいなぁソレ。おお、うん。うん・・・ちょいまち」
さらにひょいひょいと出されていくのが、フライドオニオンにフライドガーリックに、数ヶ月前韓国旅行に行った水谷が買ってきた唐辛子。それと干しエビ。冷蔵庫を閉めた後は醤油やらごま油を出していって、それだけで栄口は何を作るかわかってしまった。
「分量言って。覚えるから・・・・え、大丈夫だよ対比で覚えるから。・・・うん、うん」
そうして並べた材料を少しずつ並べ替えていく。阿部は誰かに電話越しでレシピを教えてもらうとき、例えば醤油2に対してみりんが1だったりすると、醤油を左においてみりんを右において、さらに料理酒も1だとみりんの手前においたりして、自分の中でパズルを組み立てて分量を覚える。一回料理してしまえば作り方は覚えるのだ。
「うん、サンキュー。おお、また今度飲みいこーぜ。そうそう西広も誘って。おお、んじゃーな!」
「えっちょおそんなあっさりきんの!?」
具材を切っていためている間、水谷はずっとそわそわしていて、阿部にかわってかわってオーラを放っていた。水谷の篠岡への気持ちは高校三年間で無事きれいに昇華されているけれども、やっぱり大切な女の子と言うことには変わりない。なにより、大好きな友達なのだ。けれど社会人している自分たちと違って、彼女は院に在学中のマックスビジーな学生だ。医学部なんていうハードな学部なだけに、水谷はどうも連絡できずにいたのだから。
「ひっどい阿部!俺もしのーかと話したかった!」
「うるっせぇなあ。自分でかけりゃあいいじゃねぇか」
「それができれば苦労しないよ!っていうか何また飲みいこーって!しかも西広と!」
「あ?テメー西広になんか文句あんのか」
「違うけど!おれ西広大好きだけど!阿部と西広としのーかってなんか、なんかあれじゃん!」
「あれってなんだよ」
「うるさいなぁもう。珍しいって言いたいんでしょ水谷は。でも俺もちょっとびっくりしたよ、お前らそんな定期的に飲んでたんだ?」
「おお、最初は俺としのーかで飲んでたんだけど、途中から西広も加わるようになって、ホラ、あいつら同じ大学だろ」
「ああ、そういやしのーかって院から東大に入ったんだっけ」
「そんでまぁ、あいつらが夜暇な時に連絡きて。俺は基本的にコンサートが無い限り夜は予定入ってないし」
水谷にサンキュ、といいながら鍋を交代し、ウェイパーを大雑把に入れていく。今夜の料理はほとんどがマイルドなため、辛味も必要だろうとキムチを入れた。
「あっそれだったら豚キムチにしよーぜ!」
「はいはい。って田島、おまえ飲むんだったらメシ抜きだぞ」
「えーごめんなさい!それは勘弁!」
田島は料理に関しては戦力外だ。舌が肥えているため味にはうるさいが、だからといって美味い味付けができた事はない。何を入れたら自分の思い通りの味になるのかが全くわかっていないからだ。
「阿部、変わるよ。もう二品つくるんだろ」
「おお、頼むわ。」
そして阿部は水谷のつくったスープをコンロからどけると、小さめのフライパンに調味料をがーっと流し込み、ものの一分で食べるラー油を作った。冷蔵庫から豆腐を取り出し、でっかく切ると、それぞれにどっさりと盛りつける。それをざっとシンクで洗った後は、半分に切ったミニトマトと一口サイズに切ったモッツァレラチーズをエンドレスサンドイッチのように交互に挟んでいって、ぱらぱらとパセリをふっていく。
「あと十分もしたらチキン焼けるよー」
電子レンジのそばで携帯をいじっていた水谷が言う。
「お前なにしてんの?」
「みんなにメール打ってる!しのーか含めて。いや今回の阿部との電話で二人とも結構誘いに応じられるんじゃなかろうかと思って」
送信メールをずいっと突きつけられ、それを見れば、東京組である篠岡、西広、花井をはじめとして、埼玉にいる泉や、そのまま関西圏で就職した沖や花井、群馬にいる三橋にまでメールが送られていて、栄口は思わず苦笑した。
「そのメールじゃ無理でしょー」
曰く、『あと十分で俺阿部栄口田島の四人でディナー開始!飛び入り参加歓迎!料理一品もしくはデザートまたは酒持ちより必須!場所は阿部んち!』という事で、どう考えても東京組はともかく他は来れない。
「えーいいじゃん。誘う事に意味があるんだよ!」
「はいはい」
そんな事を言っていると、水谷の携帯が着信を知らせる。
「わぁっ西広だぁ!」
「へっ?」
「もしもし西広!?うんうん久しぶりーー!!え、くる?マジで!!やったぁ!みんな、西広がくるよー!うん?篠岡も一緒?いーいねーぇ!」
「あ、花井からメールだ」
「なんて?」
「ものすごく行きたいけど無理矢理合コンに誘われてて無理だと」
「なんだそら。どうせ義理云々でまた悩みぬいてんだよ我らのハゲ様は・・・」
「大学行ってからお前は花井に容赦がなくなったな」
「西広と篠岡もくるってプレッシャーかけな」
「はい」
そして二分後には『行く!先始めといて』というメールがきて、それに栄口は自分の携帯から『誰もお前の事待つなんて言っていないよ』なんていう辛辣なメールを返していた。
「二人ともあと十分くらいで駅つくってよ!そしたらここまで歩いて十分くらいだから二十分ね、あと五分でチキンができるしー」
「別に十五分くらい待てるよね、腹減ったけど」
「腹へったよー!!」
「ディップでも作ってクラッカーでもつくっか」
「阿部大スキー」
「はいはい俺も大スキ」
「阿部の忍法・田島甘やかしの術は幅広いな」
「そのネーミングセンス改めなよ、水谷」
すっと阿部が出したの小さなノートブック。
「なにそれ」
「しのーかと俺のレシピブック」
「「なにそれ!!」」
「え?いやだからしのーかと俺の」
「だからなにそれ!?」
「え、いやだから」
「しのーかに教えてもらった料理をメモってるノート?」
「二人で共同制作した料理のノート」
「しのーかここによくきてんの!?」
「おお」
初めて聞く話だ。ぜひとも聞かせてもらいたい。
「二人ってそういう関係!?」
「それはない」
「あ、違うんだ・・・」
「ってーか、あいつ西広とつき合ってっし」
「「「なにそれ!!!」」」
「たまにふらーっときて、二人でメシ作って、ノートにめもって、あいつがレポートしてる間に俺が練習して、終わったらあいつのオリジナルストレッチとかマッサージの実験台になって、野球中継とか見て、デザート食って帰ってくんだよ。泊まってく時もあっけど」
「えええええ・・・」
「まぁ泊まってくのは西広と喧嘩したときだけなんだけどな」
「へえええええ・・・」
「そんで次の朝西広が迎えにくんだけどな」
「わぁああ・・・・」
なんか恥ずかしい!なんか恥ずかしいよ俺!顔を両手で覆いながら水谷がごろごろ転げ回る。仲間うちでつき合っているというのはどうにも恥ずかしいものらしい。それは栄口も同じなのか、チキンが焼き上がった直後でまだ暖かいオーブンの中に、皿にもったチャーハンを入れている。阿部の家のオーブンは二段になっていて、待っている間に冷めないようにという無駄に細かい気遣いを発揮していた。田島は相変わらずきらっきらした顔で阿部の話を聞いている。
「うーわーすげー」
「俺、絶対、二人の顔まともに見れない」
「絶対、もし、腕組んで来たりとかしたら、俺、恥ずかしくて変な声だしそう」
「あいつらつき合ってどんくらい!?」
「えー、あー・・・院に進んで二ヶ月後くらい」
「つまりもう半年はつき合ってる訳ね・・・!!」
そうこうしている間に十五分くらいたっていたらしい。りんごーんと軽快な音を鳴らしたベルに(水谷のせいで阿部の部屋は何から何までオシャレだ)、阿部が二人だわといいながらドアに行く。予想通り腕を組んで現れた二人に、三人は見事な奇声をあげた。



謎解きはディナーのあとで(ジョークです



「それでね?その藤村センパイっていうのがもうもんのすんんごい腹立つのよ!あ、このチャーハン美味しい!」
「藤村センパイもスポーツ医学の人?」
「そう、ゴルフの人。ゴルフしか見えてない人。ファザコンでブラコンで、ゴルファーな二人のために医学やってて。別にそこまではいいんだよ?動機は人それぞれだし、院にまで進んでてすごく成績だっていいセンパイなんだから。でもね、だからってね、野球を馬鹿にするのはどういう事なの!?」
ダン!とグラスをテーブルに叩き付けて、篠岡は声高に叫んだ。三人は初めて見るしのーかの激昂っぷりに驚いているが、彼女の両脇では西広と阿部がよしよしと篠岡にビールをついだり料理をよそったりして慰めている。
「こう、くいっとインテリ眼鏡をあげてね、私はスポーツ医学一筋なのとかいいながら見せヌーブラに短いスカートに網タイツでね、『ゴルフはとっても奥の深いスポーツなのよ?風向きから風圧や風速に加えて、重力や距離感までを体でつかみ取って、そしてソレを体現するだけの身体コントロールが必要なの。ただボールを打ちゃいい野球とは大違いなのよ』?何様のつもりよこのファザコンが!!!」
「篠岡、怖い・・・」
「だから私は言ってやったわ!『へぇ〜だだっ広い野原にただ孤独に打ちまくるスポーツがそんなに奥深いなんて知りませんでした〜〜〜相手チームの攻撃時に各打者の性格から始まって打席の立ち位置見送った球手を出したボールカウントと球のコース実際に打った球のコース打球の方向を研究してその裏をかいて、守備時には投手の投球に対する守備位置から始まったその投球の前後のプレーや投手の行動を見た上でのネクストプレーへの影響やらを研究してさらにそれを体現して、九人でのチームワークを求められる野球とは全くもって大違いですね』ってね!!!!」
「よく言った篠岡!!」
ガバァと阿部が篠岡に抱きつく。私いってやったわ阿部君!と篠岡は泣いている。篠岡は酔うと泣き上戸だ。ちなみに阿部は甘え泣き上戸。まだ酔ってはいないからそう心配はないが、この二人がそろって酔うともの凄い事になるのは今までの飲み会から解っている。というより西広は自分の彼女が他の男と抱き合っていてなんとも思わないのか?
「あ、このチキン美味しいよ。誰か作ったの?」
「え、あっと、阿部、だよな?」
「へぇ、ハーブ利いてんだね」
「うん。あ、そうそうデザートにパウンドケーキ焼いてるからさ、楽しみにしてて」
「あ、それはほんとに楽しみだわ」
阿部のお母さんな栄口は完璧スルーだ。二人はひたすら料理を食べてて、そして花井は心配そうに篠岡と阿部をはらはらと見ている。一番心配性なのは実は水谷だが、このメンバーに花井が加わるととたんに図太くなる。そして場をおさめるのが非常にうまい。まぁまぁ、と篠岡と阿部をなだめると、ようやく二人は落ち着いて料理を食べ始めた。
「水谷はすごいな」
「お前には後でケーキ一切れ余分にあげようね」
「わーい!」
水谷の頭をなでる栄口は、放っておいただけで心配はしていたらしい。その隣では西広が篠岡をなでていて、それを見て花井は恥ずかしくなった。阿部はいやそうな顔をしながら田島にチキンを食わせてやっている。

「うわっこれ美味いよ!」
「チーズとトマトうまー!阿部これうまー!」
「レシピ教えてくれたのはしのーかな」
「しのーかこれうまー!」
「あはは、これは前イタリアに住んでた友達に教えてもらったんだよー」
肉厚なモッツァレラとトマトは絶妙に美味い。ソースも何も無くても味がする。食べるラー油の冷や奴も格別だった。
「あー酒が飲みたい」
「いーねぇ」
そういって西広がどんとテーブルに出したのは、日本酒だった。
「・・・・・千鳥鶴【大吟醸吉翔】・・・・・・・だと・・・・」
栄口と田島の目が変わった。
「はいそしてコレ」
「秋鹿甕入り活性純米にごり酒ささもたい・・・・・・だと・・・・・」
「超限定品じゃん・・・・・」
「もしもしもしもしじいちゃん!???じーちゃんじーちゃんすっげええええええ俺今秋鹿と千鳥鶴の限定銘酒を目の前にしてるよ!!え?東京だけど?はぁー?無理無理!じーちゃんがこっちくる頃にはもう飲み終わってるって!ごめんなぁーーー!!あとで感想言うから!!!うんばいばーーーい!」
「西広コレどうした訳!?」
「いやー、教授の学会についってたんだけどねこの前。まぁそしたら色々あって手に入れちゃった。タダで」
「すーげぇ!」
「日本酒飲みたい」
「お前はダーメ」
「そうそう、阿部はすーぐ酔って寝ちゃうんだから」
「寝ないもん」
「はいもう酔い始めてる証拠」
「あたしも飲みたい」
「千代もだめだよ」
「えぇなんでよぉ」
「お前も阿部と一緒でしょーが」
「そんな事ないもん。ねータカヤ君」
「なーちよー」
「あーあーあ酔い始めてるよ。ほらっ阿部、篠岡、あーん」
「「あーん」」
「ほーら、美味しいねぇ。酔いも冷める美味しさだねぇ」
「「酔ってないもん」」
「うんうん、酔ってないねぇ」
「水谷は上手いな」
「つぅか、今日は日本酒はやめにしねぇ?なんつか、雰囲気にあわねぇ」
「それは確かに」
「えー飲みたいー」
「今日阿部んちにおいてくから。今度飲みなよ田島」
「うーー・・・わかった」
「イーコだね」

「フイー美味かった!」
「しのーか紅茶入れてきて紅茶。ケーキ食おうぜ。栄口!」
「メシから間も空けずにたべんの?もー」
「いーじゃん別に。しのーかー」
「はいはい」
「あ、中継始まるぜ」
「リモコン!野球!」


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「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」





ただみんなでメシ食ってる話書きたかっただけ

2011年9月18日