(・・・・あ?)
建築家になるには頭だけでなくデザイン性も必要だ。安藤○雄のファンを自負する物としては「オッ、オッサレ〜〜〜〜!」ていうわけじゃないのにデザイン性が何じゃコレってくらい高くてでもって一般受けしてもんもんもんもんといったデザインができるような感覚を育まなければならない。そのためには美大や音大で美の感受性を高めて吸収する必要があり、暇な時にはなるべく寺やら神社やら美大やらを訪れていた。
その日は京都府立芸大の大学祭だった。二日間という短い期間中に、日本最長の歴史を誇る芸大の集大成が惜しむ事無くさらされるイベントだ、訪れない筈が無かった。ついでに電車を使えば嵐山もわりかし近く、見終わった後は嵐山で少し時間をつぶそうと思っていた。
ミニコンサートや模擬店を一通り回り、美術学部の展示を見に回り、日本画のスペースの奥に、それはあった。

一目見た瞬間、その中心にある光景に目を奪われた。壁一面を使うような大きなキャンパスいっぱいに描かれたその日本画。その特徴らしく陰影は無く、あるのはひたすらに彩られた色、色色。
縁取るのは、枝垂桜に芝桜。そしてその奥には雪の積もった水仙、蕗に薮椿。そのさらに奥には菊に柊、そして木瓜。そしてその最たる奥には、ひたすらにひたすらに青い、新緑と深緑の葉。真夏に生い茂る眩い葉。その遠い一点、木々や花の隙間から見える一点から見える、青と緑と茶と白。それが野球のグラウンドだと気付けるのは、おそらく野球関係者だけだ。春、冬、秋と季節が逆流して、そして最後に夏へ。ーーー俺が、俺たちが輝いた、夏を。

いつの間にか喉が渇いていて、それなるまでずっと見つめていた。目を離すもの惜しいと思いながら近くの自販機でホットのカフェオレを買い、隅に置かれていたパイプ椅子を勝手に拝借して、その絵が真正面から一番いい角度から見られる場所に勝手に座り込んだ。全て飲み干し、缶が冷たくなるたびに新しい物を買いにいった。多分、二時間くらいは見ていたんじゃないかと思う。日のあたる位置がほんの少しだけ変わっていたし、影の長さも少しだけ変わっていたから。
「ーーーあれ?阿部、あれって」
「え?・・・あ・・・?」
その声にはっと意識が浮上した。振り向けば一人の男が立っていた。後ろに二人、どうやら友人らしき男が立っていて。
「あの・・・?」
「・・・っと、ごめん。・・・これ、君が描いたの?」
目の前の絵をさして聞けば、なぜか青年は困ったような恥ずかしそうな顔で目をそらし、ええ、まあ、と指をすりあわせた。
「すげぇな、なんか感動しちゃって・・・・ずっと見てたんだよ俺」
そこまで言って、手に持っている缶が実はアレなんじゃないかと焦ってしまった。どこの美術館でも展示品を扱っている場所は飲食禁止だ。きっとここもそうだった筈なのに、監視員がいないのをいい事に好き勝手していた。
「ああ、悪い、これ・・捨ててくるわ」
「あ、ああ、はい。別に平気ス」
「・・・・コレ君が描いたんだよな」
「はい」
「野球してた?」
「・・・・はい」
「いや解るよ、だってコレいっちゃん真ん中のあれ、グラウンドだよな?バッターボックスから見える景色だろ」
「・・・・は、い」
目の前の青年が一瞬息をのみ、そして俺を見つめた。ようやく真正面から顔が見えた。
でっかいたれ目、濃いめな顔立ち。その力強くもどこかアンニュイな眼差しには、なぜか見覚えがあった。無意識にぶるっと背筋が震える。
「ーーー君の名前は?」
絵の下にあるプレートを見れば解る事だけれども、どうしても彼の口から聞き出したかった。

「阿部隆也、です。ーーー島崎慎吾さん」




隆也に出会った。



性癖 -2-






阿部、今度こそ想いは実るよ。そう、栄口がいった。

2011年10月24日