性癖
2 3 4 5 6

このお話は偏見にまみれゲイを嫌悪する花井にこっぴどく振られたゲイである阿部くんの、その後のその後。今度こそ彼の想いが実る、恋のお話。






















2



その人は俺と同じ味覚を持っていた なんて事無い ただの味覚だけど その人はまるで共通の味覚が まるで神様の宝物みたいに感動的に喜んだ なんだ なんだそれ そう思ったけども でもその人はまるでそれが当たり前のように笑うので おれは

「スタバよってこ。俺はなー、いんぐりっしゅぶれっくふぁーすとてぃーらて」
「・・・俺も」
「え、阿部君も?」
「コーヒー・・・・飲めない、んで」
「俺と一緒」
見上げたその人は笑っていた。
「俺あからさまなカフェイン無理ー、引退した後受験勉強するでしょ、徹夜で皆してコーヒー飲むじゃん、あの変なアドレナリンのあがり方、も最悪に嫌い。お茶は好きだよ」
「俺も」
俺もカフェインが得意じゃない。どんどんふわふわしていく感覚、頭の額の裏がじくじくとうずくのにそれによって頭が冴えるなんて最悪だとおもった。
「マジで?お揃いだなぁ」
笑ったその人はおごると言ってレジまで俺を引っ張っていった。
「何にする?トールまでにしといて」
「いんすか」
「いいよ」
「・・・・えと、ブレックファーストラテのトールを、無脂肪乳の、ぬるめで」
その人はきょとんとしてまた笑った。俺の頭を撫で付けて頭をすりあわせて俺も同じのを!とわらって頼んだ。


























3


その人は俺の事をタカヤと呼んだ まるで初めて会ったときからそうしていたかのように なんて事は無いただの名前だと それでも それでも 俺の事をタカヤと呼んだ 俺は普通に返事をしていた それこそまるで おれも初めて会ったときから そう呼ばれていたかのように

「ねぇ、タカヤはどれにする?」
「これ・・・かな。・・・・・・・・・・え?」
タンブラーから目を上げれば彼は笑っていた。
「そ。俺はね、こっち。慎吾さんらしかぬポップカラーだけど今の俺のブーム」
ふいと笑って、うやむやにされた。
「どーおもう、コレ?」
「んー・・・同じボーダーならこっちのがし・・・んごさんぽいですけど」
「これ?」
同じように名前で呼び返しても、全く反応もしなかった。母校ではそう呼ばれる事が自然だったからなのか、それはわからなかったけども、こっちがどもった事も気にせずに。
「おおいいじゃん。あ、なータカヤ」
「何ですか」
「俺、こっちも買うから、なんか描いてよ」
そういって手渡されたのはスタバの手作りタンブラーで、この人は、
「日本画描いてー、俺はね、妄想込みの未来建造物の製図描いてあげる」
「ええ、いらないすよそんなの」
「なんでよ」
そんな感じで物々交換をさりげなく行って、いつの間にか俺の部屋には、慎吾さんからのものが、少しずつ、増えていった。























4

モトキさんの許容はわかりづらかった いつも乱暴で 言葉の端々に棘があって それを受け止めてすいませんと謝ると とたんにバツが悪そうな顔をして俺の頭をくしゃっと撫でて去っていく たまに一緒にかえったり 変な場所につき合わされたり でもそれがモトキさんなりの心の許し方と知ったのは他の人との比較を聞いてからだ タカヤはすげー可愛がられてるよ そう言われたけど ほんとうに? ほんとうに? モトキさん、俺のこと気に入ってくれてる? いつも聞きたかった 嫌われるのが怖かった 昔はバッテリーだったからと言えたのに 今思えばとんでもなく好きだったんだ 好き 好き 好き 好き 好きだから 嫌わないで でも言う事聞くばかりなのは嫌だ だってモトキさん 野球全然楽しそうじゃないじゃん それでも それでもモトキさんは いつものように乱暴な言葉を俺に浴びせて あたまをくしゃくしゃにして そして最後にタカヤ!と呼んだ

花井の許容はわかりやすすぎた そしてあからさますぎた 今思うととても怖い あいつは腹の中に何を飼っていたんだろう 俺の事を親友と呼んで なんでも話せるとそう言って なんでもかんでもいいよって いいよいいよ いいよそれは俺がやっとく いいよお前は座っていて そんな甘いいいよに俺は いつの間にか溶けきっていた きっと花井ならなんでもいいよって いいよいいよって言ってくれる おれのことだって いいよって すぐに人を安心させて おれは花井の傍にいたら無敵になれる気がした 体でも 勝負でも 勉強ででもない ただ心が こんなに優しくてこんなに暖かい人の傍にいたら きっと俺は俺自身までもがやさしい人間になれる気がした こわい 今思うと あいつはそういう錯覚を人に起こさせる何かを 常に発していたと思う やさしくて やさしくて ただひたすらに優しくて解りやすい 公然と俺を受け入れていた 阿部にだったらいいよっていう言葉を 俺は容易く信じて 恋して 堕ちた。

この人の許容は もっとこわい この人は いつのまにか 気付いたら ふと見たら そんな感じで 実は受け入れてくれてました 懐にいれて実は大事にしてくれていました そんな錯覚をおこさせる おもわせぶりで おもわせぶりじゃない 包み込んだり 放されていたり 怖い 怖い とても とてもこわい だってそれって ねぇ それっておれを 好きということ? 嫌いということ? おれを大切ということ それともなんだって受け入れられてしまうくらいおれはどうでもいいということ 誘って 突き放して 大事にして 邪険にして でもそれ全部が全然嫌じゃない この人は突き放し方 離れ方 距離の取り方 話題の避け方 ごまかし方 どれもどれも ひどく上手い でもこうまでしてうまいとまるで 俺を嫌っている訳じゃないと 必死に弁解してくれているようにも聞こえてしまって そこまで考えて俺は 背筋が


凍った。






















5


「たでーまー。あれ?阿部帰ってる?うおーい」
巣山は玄関にある阿部の靴を見て、けれども一階に気配が無いから二階に向かって声を張り上げた。お互い忙しい時期でなければ必ず一度は顔を見せる事をルールとしているので、忙しい時期だと阿部が知らせていない限り、阿部が顔を見せない事はまず無かった。
「阿部・・・・?」
阿部の部屋のドアをそっとあけて、巣山は驚いて立ち尽くした。こんな阿部は一度しか見た事が無い。今年の始め、そう始めに、泉が阿部を訪ねてきた夜に見せた姿だった。すん、すん、と鼻をすすりながら、時折しゃくり上げて、いくどもいくども涙を拭いながら、阿部は筆を走らせていた。ドーサもひいていない、水張りもしていない、骨書きも自塗りもしていない、ただの本紙に、ただひたすらひたすら色を載せていく。落ち込んだときやつらいときに、阿部がいつも書いている絵面だった。枯れた一本の木の枝に、蝶。お湯で少し荒めに残した繊細な色合いを、涙を拭いながらペタペタと塗っていって、涙が時折吸い込まれて蝶がにじんだ。
「阿部」
「ぅ・・っふ・・・」
「阿部、なぁ阿部、おい、顔あげろ」
できあがった絵は美しいのに下準備をまるでしていなかったから所々がにじんでいたしぼやけていたし、何より主線が無かったから正しい距離から見ないと何がなんだかわからなかった。扇の様な形をしたその絵は、ある部分だけが白くぽっかりと抜けていて、そこにあったのは筆記体で描かれた英語だった。よくみれば阿部の傍には有名な喫茶店のタンブラーが透明なまま転がっていて、底の部分がなかった。
(・・・・なんて書いてあるんだ?)
これ以上阿部の涙でにじませる事も無かろうとそれを手にとってみると、あまりに個性的な文字は判別がしづらかった。
(S...ma...ki?Sでかっ!・・・・・あ・・・?しー・・・しま・・・しまざき?)
「島崎さん?」
思わず呟くと、阿部はびくっと肩を揺らした。顔は真っ赤で目尻なんてこすりすぎて痛そうだったけれど、巣山はその目の中にあるものをみてすぐに解った。ほんの最近、申し込まれた交際を断ったときに泣いた彼女が自分を見てきた時の視線に、そっくりだったから。
(そうか、)

(島崎さんの事、好きになったんだ)























6


くるしい くるしい
どうして好きになってしまったんだろう 花井のことで懲りたんじゃなかったのか
ふつう おとこはおとこを好きにならない
だからもう絶対に 何があっても誰かに恋をしたりしない
そう決めたはずだろう

なのになんで

経験は少ないとわかっている
たった一度の恋に破れたくらいでもう恋なんてしないと誓うのは
とんでもなく幼稚で浅はかな事も
けどそれこそ自分で自分を嫌悪してまでした恋だったから
かなわなかった時は落胆した 悲しかった 悔しかった 腹が立った
そしてばかばかしい事に
親友であったのをいい事に ちょっとは色よい返事がもらえるんじゃないか、なんて
期待していた自分に
寒気がした










.





もうあんなのは嫌だった
大切だと思ってくれてると想った人に想いを無かったことにされる、あの思いはもうしたくなかった
どれだけ好きだと想ったって
他の人なんて見てほしくないと思ったって
結局の所俺は男だ
普通おとこはおとこを好きにならない
そういうのは世間一般で「異常」で「オカシイ」、要は「ゲイ」とか「ホモ」で、
この世はそういった言葉に寛容でない

もう苦しい事はしたくなかった
がんばるなんてもってのほかだ
だから俺は

苦しいままに一生想い続けるのと、逃げる為にまた自分を傷つけるのとどっちがいいか、

かなり本気で考えた。