中学の時のオレと阿部はそりゃあひどかった。



同じように君を愛してる



中二の夏にかーさんが死んだ。 元々病弱でもないけどでも超健康でもない、常に貧血気味だった優しい優しいかーさんは、 外に出るといったらオレの野球観戦か、何かの記念日の涼しい夜にするとーさんとのデートとか、 年甲斐もなく子どもみたいにはしゃいで皆で準備した日曜日のピクニックだった。 そんなもんでかーさんの趣味っていったらもっぱら家でできる事で、 つまりは料理にお菓子作りに編み物に刺繍に読書にと、非常に家庭的なかーさんだった。 季節の変わり目には必ず寝込んでいたけれど、 授業参観日に熱を出してけっこうすっぽかしちゃったりもしていたけれど、 優しい大好きなかーさんだった。
そんなかーさんが死んだ。

その時のオレを支えてくれたのは間違えようもなく阿部で、 そして阿部を支えたのも間違えようもなくオレだった。 性格はまるきり違うのに、なぜか波長があったオレと阿部は小学校を卒業した春休みくらいから何故だか 二人の家の中間くらいにある緑地公園でグローブもってであって、 何故かキャッチボールなんかしたりして、いつの間にか仲良くなって、 いつの間にかお互い空気みたいになっていた。恋じゃないけど愛だった。 つい二週間くらい前までランドセル背負ってたような奴が何いってんだって感じだったけど、 ともかく愛だった。それは今でも変わらない。
阿部と出会ってからのオレはいつも以上に軟らかくなったらしくて、それはすぐにかーさんに気付かれた。 好きな子でもできた?そう聞いてきたかーさんに、 二週間前までは真っ赤になって否定するか怒るかなにかするかだったのに、平然と、穏やかに、 うん、恋じゃないけど、大切な子がいるよなんて答えてた。なんつーガキだ。 案の定かーさんはぽかんとオレを見てた。そんで爆笑した。なんだそりゃ。 連れてきてよ、お母さん会いたいな。うん、つれてくるよ。じゃあ明日ね。 そんなこんなで栄口家と阿部家のお付き合いなんかが始まった。
シスコンな弟に愛されてブラコンに育った阿部は弟の頼みなら何がなんでも聞くようなブラコンで、 甘いもの好きな弟にせがまれて始めたケーキ作りが半分趣味になっていた。完璧趣味なのは野球ですけど。 それはオレも一緒ですけど。だからこそ菓子作りが文句無く趣味だったかーさんはそりゃもう喜んで、 今度抹茶シフォンケーキを作りましょうだの、今度苺タルトを作りましょうだの、あ、 カヤちゃんはミックスベリーとかすき?、うんじゃあ今度はベリータルトを作りましょうよ、 贅沢しましょ、ラズベリーとブルーベリーとクランベリーと余ったらジャムを作りましょうだの、 とにかくとにかく阿部に構った。母子家庭で母親が忙しく、母親とそういう事をした事があまり無い所為か、 阿部はひどくかーさんに懐いた。
阿部は良くうちにとまった。反対にオレも阿部家に泊まった。 いくらまだ胸の何もぺったんこでも、 年頃の女の子とムセイとかジイとかアサダチとか覚え始めてる年頃のオトコ同じ部屋に 放り込んでどうすんだ、って今思い返すと思うけど、オレと阿部は、 何故だかそういう境界線を超えたところで愛し合ってた。へんだけど、愛し合ってた。 恋じゃなかったけど、キスもしなかったけど、ていうかする気しなかったけど、でも愛し合ってた。 家族の様な、でもそれとも違う、家族だからこそふれあえない様な所に、 家族でないからこそ触れられるような、そんな関係。


中二の時の阿部はひどかった。女の子なのに、なまじ野球が上手かったもんだから、 シニアじゃ非公式の練習試合で正捕手やったり、上級生にまじって捕球練習したり、 毎日どろんこになって帰ってきてた。オレもだけど。 でも一年の終わりから阿部の体には痣が沢山できるようになって、オレは今思うとちょ、 お前それどうなのって思うくらい、がばっと部屋で阿部の服ひんむいて痣の確認なんかしてたりしてた。 いやホント、今思うとセクハラもんだよ。もんじゃなくてセクハラだよ文字通り。 ぺったんこのスポーツブラで色気もへったくれもなかったのが、唯一の幸いだよ。
ともかく。中二の夏、かーさんが死ぬ、三日前。阿部が、泣いてた。 公式試合に出れない阿部はもちろんベンチでマネージャーみたいな事をしてた。 でもシニアで榛名さんの球を取れるのは阿部だけで、榛名さんのバッテリーは全力を捕れなくて。 阿部は必死にお願いしたのに榛名さんは阿部を置き去りにした。 誰よりもずっと傍で、そのわけのわからない毛を逆立てた猫みたいな態度のオトコに付き合ってやっていた。 野球で。その阿部すらも無視をして。後日チームの為に戦わなかった事をせめた阿部を、榛名が、触った。 無我夢中で抵抗して、運良くというか悪くというか、左肩にドンと拳をぶつけてしまって、 榛名が呆然としている間に走って逃げてきたという。 丁度近くだったから緑地公園で待ち合わせてたオレは、びっくりしたよ。 阿部、そんな。ブラ見えてるし。セーラーのリボンほどけてるし。息あがってるし。 顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだし。中二のガキの頭の中に一瞬レイプなんて言葉がよぎったよ。 そうじゃなくてほっとしたけど。ともかく阿部は、 泣いてて、二年間ずっといつか花咲く信頼関係見たいなものに期待して耐えてきた、 二年分の、なにか色んなものがぼろぼろ出てきて、ぼろぼろンなって、泣いた。 母さんが死ぬ三日前だった。寝込んでいた。

急に病状が悪化して、気付いたらかーさんの顔には白い布がかかっていた。

今、客観的に見てみると、本当に何故だか当然の様に、阿部は通夜の席で、畳の上で、 とーさん姉ちゃんオレ、弟の順番に座って参列客に頭下げてる中、オレと弟の間にすわって、 オレにぴったり寄り添って、オレの腕を痛いくらいに抱き締めて、そんで一緒に頭さげてた。 かーさんがいなくなった栄口家で、その一般的にはあるだろう違和感に異を唱える人はいなかったから。 でもあの時は確か、オレが一緒にいてって言ってた気がする。どーにかなるかわかんないから。 実際、オレは通夜でも告別式でも泣けなかったよ。オレの分は阿部がものっそい泣いてた気がする。 無表情に淡々と客に頭を下げるオレに引きずられて、阿部は頭を下げるたんびに、 畳にぽたぽた涙を落としてた。ハンカチでずっと口を塞いでいた。かーさんのハンカチを。
告別式が終わっても阿部が泣き止まなかった。どーにかこーにか色々吐き出させたら、 阿部は悲しさと悔しさと、自分に対する怒りと情けなさと嫌悪感と後悔で一杯だった。

ごめんゆーと、おれサイテーだよ、マジでサイアク、なんでこんな事かんがえんだろ、 だって、おかーさん、すげ、かな、し・・の・に、でもオレ、も、もと、モトキさんのこと、 かんがえ、んだよ、やきゅー、してるとおもってたの、おれだけか、よ、とか、けっ、きょ  く、てめーもほかの、やつ ら、みたいに、おんなのくせ に と、かおもってたの かよと か すげ、ゆとに助けてほしかったけど、でも、おかーさん、だから、 もーたよったらだめかとおも、て、も、びんじょーして、泣いてた、んだ、よ、おれ、さいてーだよ。 ふつーに、じゅんす、いに、おかーさんのし・死・・・の、ことで、な、なけ、なけなかっ・・て、 いっしょに泣いちゃえ、みたい、な。やきゅーやめたくなる、とか。おもわなかったし。 け、きょく、やっぱおんな、だから、公式でれないのわかって、るけど、でもやきゅーしたくて、 だから。にねん、頑張ったけど。痣だらけで、キタネーカラダで、でも、とれ、て、しあい、 できなく、ても、あのグラウンドじゃ、ば、てりー、だと、そ、なれ・・・ると、おもってた。

とまあこんな感じで動揺してて、まあもうちょっとレイプまがいの事もされてたんだから動揺すんのも 当たり前なんだけど。でも阿部は必死にオレに支えて欲しくて、そんでもってオレも何故かかーさんの 死に泣けない俺を、どーにかして支えてほしかった。 阿部は榛名との最悪な形で終わった最後の記憶にずっと苦しんでて体がぼろぼろで、 可愛がってくれたかーさんの死に心がぼろぼろだった。 お通夜でも葬式でも泣かなかった俺はかわいそうな目で父さんにも姉ちゃんにも勇輝にも見られていて、 腫れ物に扱うように、それが苛立たしくて、でも干渉されるのもイヤで、 気遣って話しかけてこない友達もちっちゃく夕飯だよ、 って話しかけてくる勇輝もさりげなくオレの顔色みながらご飯の量増やす姉ちゃんも、 日常に戻ろうとして頑張ってるの分かってるけどそれがイライラするけど、 でも必死に姉ちゃんと勇輝が頑張ってるのに仏壇の前に座り込む父さんにもイライラして、 オレはいつの間にかカヤと一緒にいる時間の方が長くなっていた。 恋にもならないのに傷のなめ合いみたいな支え合いはほんと依存性が高かった。 しょっちゅう手をつないでいた。登下校が一緒だった。あいつら付き合 ってる、そんな噂を軽く受け流すのもおっくうだった。ちょっとやばいね。そうお互いいってた。 恋にもならないのにこれはいけない。だって俺たちはキスもしなければセックスもしない、 家族にはなれないけど友達にもなれない、俺たちてきには非常にヤバい状態だった。 俺達はどっちかの部屋に入るとぺたんと座り込んで額を合わせて、 その状態のまま何時間もじっとしているような状態だった。 オレにできる彼女にでも、阿部にできる彼氏にでも、どっちにでもいいから俺たちを変な 精神状態から引っ張りだしてくれる人が必要だった。


だから。
中三の夏の初め、もうすぐかーさんの一回忌。 あの人と付き合う事になった阿部を見てオレは心底ほっとした。 オレと阿部の関係じゃあ埋めてやれない阿部の何かを、きちんと埋めてくれそうな人がいて、 オレは心底嬉しかった。さびしくはなかった。結局何があっても人間としてオレは阿部の中で 一番にいる事は疑いようもなかったから。相手もオレの事は知ってたし。ていうか初対面の時オレもいたし。 あっちはオレと阿部の事情もオレが阿部の駆け込み寺なのもきちんと頭で理解して、 そんでもってでも君はオレが好きだろ?恋の相手として、世界で一番。 なんて幸せそうに腹の底から言える人だったから、オレはもう君なら娘を任せられる、 頼んだよ◯◯君ぐらいの心境だった。いやマジで。


だから。


「あべぇー携帯なってんよ〜」
「あー?」
「えーっと誰からー?えーと」
「みてんじゃねぇよ水谷アホ」
「あーひどーい!」
なんて言ってメールを見て、ちょっと笑って、そんでオレを見て。
「今日炊き込みご飯がいんだって。なんかカワイクね?」
なんて笑って。
「オレがあの人の事カワイイなんつったらキモくね?」
そう返したら、
「そりゃそーだ!」
つって、爽やかにきゃらきゃら笑う阿部が、あの時の事なんか、 そりゃあ心の奥底に残ってはいるだろうけど、でもそんなのが頭によぎる事なんて無いくらい。

「なめたけとツナのやつがいーんだって。栄口、一緒にスーパーよってよ」
おねがいゆーと。って小ちゃく。
「しょーがないな」
なんて言って笑いかえすオレに笑い返すお前に。
当たり前のように幸せそうに野球やってるお前に。



そんな笑顔を与えられたあの人に、オレは本気で感謝してる。



大好きだよ、カヤ。知ってるよね?  (title by hazy)

2011年4月8日