あなたがいない朝の五題



1.いつもの番組

朝食ができると、タカヤは真っ先にテレビを点ける。 なんとはなしににテレビの画面に目をやれば、 可愛らしく爽やかに着飾った女性アナウンサーが朝のニュースを読み上げているところだ。 今朝のメニューは白いご飯に、味噌汁、小さめの鮭に小鉢にもった煮物。典型的な和食。 昨日タイマーでセットしておいたお釜を覗きこんで、 一合ってこんな量なんだと少し落胆するのはもはや日常となっていた。魚だって一尾だけ。 味噌汁だって最近は手抜きしてしまって、インスタントばかりだ。

今朝の京都の天気は雨。 電車を使ってくれればいいけれどと思い、タカヤは空になった食器を重ねて立ち上がった。



























2.トーストにはいちごジャム

今朝のメニューは洋食。 トーストにサラダ、ハムとチーズとタマネギを閉じ込めたオムレツに、 暖かいスープとフルーツとシリアルを混ぜ込んだヨーグルト。 女のくせにこの量はと良く友達にも言われるが、所詮運動部なんてこんなものだ。 冷めないうちにとトーストを手にとり、よく伸びるバターを塗り付ける。 テレビに映し出される関西のニュースに気を取られている間に、 気付けばトーストにはバターの上にいちごジャムも塗られていた。
以前の自分なら、トーストにはバターだけを塗って食べていたのに。 ほんの少しだけ子どもっぽいところがある彼の趣味が、すこし移ってしまったかもしれない。 バターとジャムまじで美味いよ、そういいながら食べていた彼を思い浮かべていると、 無意識にタカヤの手はジャムに伸ばされていた。





























3.メモはいらない

ダイニングテーブルもあるけれど、このマンションのキッチンには対面式のカウンターがある。 二人してかける程のスペースは無いから、そこはもっぱら彼の席だった。朝、昼、夜。 タカヤが食事を作る度に、彼はそこに座り、頬杖をつきながらタカヤを見ていた。 カウンター用の、常に開かれていた折りたたみ式の背の高い椅子は、 今はずっとたたまれたまま立てかけられている。 カウンターにおかれている百円の小さな引き出しには短い鉛筆と大きめの付箋が入っているが、 タカヤは此処暫くそれを開けてすらいない。 前までは無造作にダイニングテーブルのすみにちょこんとおかれていたのに。 朝や昼、合宿等で二人の食事の時間がすれ違うとき、タカヤはいつも付箋に何かしらを書いて、 ラップをした食事の隣に添えていた。帰って、真っ先に使う洗面所へ赴けば、 鏡に必ずタカヤが書いたメモが貼ってあり、裏に返事が書いてあったのだ。




























4.伏せた写真立て

中三の冬にとった写真が今はひどく腹立たしい。いまは声さえ機械越しにしか聴こえないのに。
珍しく大雪だった日に、後ろから抱き締められて、頭に雪玉を押し付けられて、大笑いして、 お返しとばかりに腕をひねって首に雪玉を押し付けた。それでも離してくれなくて、 片腕を頭に廻した所を取られた、写真。今まで取った中で一番幸せで楽しそうな写真だから夏でもいつで も飾っていたけれど、今は見るだけで腹が立つ。カタンと写真を伏せた。





























5.「いってきます」

時刻は五時半。練習にもサポートとして参加するタカヤの朝は、千代よりもほんの少し速い。 練習着をつめて、持ち物を全てチェックする。洗面所の鏡の前にたって、スカートの裾とリボンを直し、 頭を少しだけ撫で付けて、タカヤは玄関のドアを出た。独りになってからするようになった習慣だ。 前までは鏡を見ずとも、スカートを直してリボンを結んで、頭を撫で付けてくれた大きな手があったのだ。 ドアを施錠する。
「いってきます」
返事はないけれど。

















早く来い、連休。

2011年5月3日